2023年9月9日(土)

2023年9月9日(土)


『大いなる分断』

イスラムが今や「殉教者」という言葉を取り入れているのは歴史の皮肉だ。

初期のクリスチャンがローマ帝国中に増えたのは、ただ肉体が生き残るよりも、永遠の報いを選択したためだ。
彼らは信仰を捨てようとせず、殉教者たちの血が教会の種となった。

重要な違いだ。
クリスチャンはだれも殺めなかったのに、ローマの手で命を奪われた。

昨今、西洋では永遠の報いについて聞かれることはほとんどなく、もっぱら聞かれるのは死を遠ざけるテクニックの話だ。

西洋で学ぶ若いアラブ人たちは、私たちがいかに多くのエネルギーを物質的な人生に投資しているかを心に刻み、しばしばあきれて帰国する。

地元のドラッグストアのマガジンラックを見て、ボディービル、ダイエット、ファッション、女性の裸体———いずれも物質的なものを重視している証し———が記事のタイトルになっている雑誌を探してみると、それがわかる。

「ピューリタン的」という言葉も、イスラム社会が使っているキリスト教用語だ。
米軍兵士は中東諸国の厳格なイスラム教の戒律を尊重し、おそらく近年初めて、アルコールと『プレイボーイ』誌なしで二つの湾岸戦争を戦った。

だがイスラムと西側の道徳規準の違いが文化的なものでなく、哲学的なものであることを理解している人は意外と少ない。

米国社会は倫理を確定する際、「それが他のだれかを傷つけるか」という原則を適用する傾向にある。
そのようにしてポルノは合法となり、露骨な暴力や児童虐待は違法となる。

飲酒も隣家の窓を割ったり、車の運転をしたり、他者を危険な目に遭わせたりしなければ、合法だ。
テレビで映し出される暴力は、俳優が演じているものなので許される。

道徳規準は、私たちの物質主義をあらわにしている。
私たちは「相手に損害を与える」ということを物質的な観点から定義するが、イスラム社会はもっと霊的な観点から定義する。

そのより深い意味において、ポルノや娯楽としての暴力、テレビの昼メロがおもしろおかしく描くつまらない悪ほど有害なものがあるだろうか。

こうした見地から、米国は「グレートサタン」の評判を得たのである。

God Bless You!!


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