2023年9月4日(月)

2023年9月4日(月)


『なぜ祈るのか』

ジャーナリストなので、普通だったら臆してしまうような有名人に会う機会に恵まれてきた。

二人の合衆国大統領、ロックバンドU2のメンバー、ノーベル賞受賞者、テレビスター、オリンピック選手たちにも取材した。

あらかじめ完璧な質問を用意したと思っても、前の晩はよく眠れず、神経過敏症状に陥る。
取材相手は対等な友人と思えない。

祈りの中で私が近づくのは、存在するすべてのものの創造主、私をこの上なく小さいものに感じさせる御方だ。
そのような御方を前にして、沈黙する以外に何ができるだろう。
そのうえ、私の言うことなど何であれ、神にとって重要なことだろうか。

後ろに下がって見なければわからない大きな絵のように、荘厳かつ理解不可能な神が、わざわざ地球のようにちっぽけな星のことを顧みることすら不思議だ。

時間の法則に縛られない神は、地上の一人ひとりに時を費やすことがおできになる。
神は私たち一人ひとりに対して、まさに文字どおり、世界の時間すべてを所有しておられる。

「神は、何百万人もの祈りをどうやって一度にお聞きになることができるのだろう」とよく問われるが、これは、時間の外で考えることができないことを表している。

時間に捕らわれている私は、無限を考えることができない。
だれも理解できない、神と人間との途方もない距離が、意外にも、親密な関係を可能にする。

この星に生きて時間という束縛を受け入れたイエスは、神と人間の途方もない違いをだれよりもよく理解しておられた。

イエスは明らかに父なる神の偉大さを知っていて、ときどき懐かしむようにその全体像を思い起こして言われた。

「世界が始まる前に一緒に持っていたあの栄光を」。
しかしイエスは、雀を見守り、私たちの髪の毛を数える神の個人的関心を疑われることがなかった。

さらに肝心なのは、イエスが何時間もそれに費やしたほど、祈りを重視しておられたことだ。
「なぜ祈るのか」という質問に一言で答えなければならないなら、私は「イエスが祈られたから」と答えるだろう。

イエスは神と人間との間に橋を架けられた。

イエスは地上で傷つきやすくなられた。
私たちが傷つきやすいのと同じように。

イエスは拒絶された。
私たちが拒絶されるのと同じように。

そして試みにあわれた。私たちが試みにあうのと同じように。

どの場合もイエスは祈りをもってお応えになった。

God Bless You!!


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