2023年6月3日(土)

2023年6月3日(土)


『不自然な行為』

白熱した議論の最中に、妻が神学の重大な公式を見つけ出した。
私の欠点について、かなり激しい言い合いの最中に、「あなたの卑劣な行為を赦すなんて、全く驚くべきことだわ!」と言ったのだ。

罪ではなく、赦しについて書いているので、「私の卑劣な行為」の詳細は割愛しょう。
妻のコメントで衝撃的だったのは、むしろ、赦しの性質に関する鋭い洞察だった。

それはスプレー缶から噴霧される芳香剤のように世界に散布される甘いプラトニックな理想などではない。
痛みを感じれば感じるほど、赦すことは困難であり、赦した後もずっとその傷 ―――私の卑劣な行為――― が記憶の中に生き続ける。

要するに、赦しとは不自然な行為であり、妻はその紛れもない不公正さに抗議していたのである。

これと同じ感情をよく表している創世記の話がある。
子どものころ、教会学校でその話を聞いたとき、ヨセフが兄弟たちと和解するくだりに現れる目まぐるしい変化がどうしても理解できなかった。

ヨセフは兄弟を投獄するという厳しい行為をとったかと思うと、次の瞬間には部屋を出て声をあげて泣き、悲しみに押しつぶされているようだった。

彼は兄弟をぺてんにかけた。
兄弟の穀物袋に銀を隠し、一人を人質にとり、また他の兄弟を、銀の盃を盗んだと非難した。
そして、ついに自分を制することができなくなる。

ヨセフは説教をして、兄弟を劇的に赦す。

この話には、赦しという不自然な行為が現実的に描かれている。
ヨセフが懸命に赦そうとした兄弟たちは、ヨセフをいじめ、殺害計画を練り上げ、奴隷に売り飛ばした張本人たちだった。

彼らのせいでヨセフは青春時代をエジプトの地下牢で過ごす羽目になった。
不運に打ち勝った今、兄弟たちを赦したい思いでいっぱいだったが、まだ自分をそこまでもっていくことができない。

傷の痛みはなお大きかったのだ。

創世記42章から45章までは、ヨセフの言い方だと「君たちの卑劣な行為を私が赦すなんて、全く驚くべきことだと思うよ!」になるだろう。

恵みがついにヨセフに届いたとき、宮殿中に彼の悲しみと愛の調べが響きわたる。

「あの悲しげな叫び声は何だ。
王の家臣が病気なのか。」

いや、ヨセフの健康状態は良好だった。
それは、赦す人から聞こえてくる調べだったのだ。

God Bless You!!


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