2023年12月4日(月)

2023年12月4日(月)


『心の中の永遠』

あるときアラスカのアンカレッジの数キロ先で、美しい光景を目にした。

ふと見ると、車が何台もハイウエーに停まっていた。
ほんの15メートル沖で、銀白色のシロクジラが小さな群れをなして漁をしながら泳いでいた。

私はほかの見物人たちと一緒に小一時間そこに立って、リズミカルな海の動きに耳をすませ、三日月形のクジラが影のように優美に浮かび上がってくる様子を見ていた。

群衆は静まりかえり、畏敬の念に満ちてさえいた。
伝道者には、群衆がクジラに見せた反応が理解できたことだろう。
私たちは神ではないが、だからといって動物でもないと主張しているからだ。

「神はまた、人の心に永遠を与えられた」。

その優雅な言葉は多くの人間の経験に当てはまる。
確かにそれは宗教的本能を暗示している。

どんな人間社会を研究しても必ず何らかの表現が見つかって、人類学者を困惑させる本能だ。
私たちの心は、宗教的でなくても様々な方法で永遠を感じ取っている。

伝道者はニヒリストではない。
彼は造られた世界の中に、目も眩むばかりの美を見ている。

伝道者の書は優れた文学作品であり、偉大なる真理の書の名に堪えるものだ。
この地球上の人生の両面を示しているからだ。

一つは喜びの約束だが、これはあまりに魅惑的なので、人は人生をその追求にささげてしまう可能性がある。
そしてもう一つは、これらの喜びは究極的には満足を与えないという恐ろしい認識だ。

神によって造られた世界は人の欲望を掻き立てるが、私たちには大きすぎる。
私たちは永遠というもう一つの家のために創られている。

そのため、結局、時間をもたない楽園まで行かなければ、不満をささやく声を黙らせるものはないことに気づくのだ。

伝道者はこう締めくくっている。

「神はまた、人の心に永遠を与えられた。
しかし人は、神が行うみわざの始まりから終わりまでを見極めることができない」。

それが伝道者の書の核心だ。

ヨブがちりと灰の中で学んだ、人間は自分では人生を見極めることができないという教訓を、伝道者は長い衣と宮殿の中で学んでいる。

自らの限界を認め、自らを神の支配に服従させるのでなければ、すべての良き贈り物を与えてくださる神を信頼するのでなければ、結局、絶望の状態に至るのだろう。

伝道者の書は、創造主の支配のもとにある被造物としての身分を受け入れよと呼びかけるが、葛藤なくそれができる人は少ない。

God Bless You!!


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