2023年12月30日(土)
『最大の理由』
漠然とした神の概念を、イエスが正してくださる。
自分だけでは、神についてかなり違った概念に行き着いているだろう。
私の考える神は、静的で変化のない神だろう。
だがイエスのおかげで、私が本能的にもつそうした概念を修正せざるをえなくなった。
それがイエスの担った使命の中心だったのだろうか。
イエスが明らかにしておられるのは、私たちを捜し求める神、私たちに自由を許される神、傷つきやすい神だ。
イエスが何よりも明らかにしておられるのは、愛なる神だ。
キリスト教の伝統の中で育った人たちは、イエスのメッセージのもつ衝撃を見逃しているかもしれないが、実際、人間と神との間に起こっていることを表現するものが愛なのである。
コーランは、「愛」という言葉を一度も神に適用していない。
アリストテレスはそっけなくこう言った。
「だれかがゼウスを愛したなどと言ったら、それはおかしいだろう。」
ゼウスが人間を愛したと言っても、同様だろう。
これとは驚くほど対照的に、キリスト教の聖書は「神は愛です」と断言し、愛こそ、イエスが地上にやって来た最大の理由だと述べている。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。
それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」。
オヘア空港で、五時間も遅れの出ていた便をじれったい思いで待っていた、長い夜のことだ。
友人の著述家カレン・メインズも、たまたま同じ会議に向かっていた。
私は当時『神に失望したとき』を執筆中で、いろいろな人の苦痛や悲しみ、疑い、答えられない祈りについて思い悩んでいた。
カレンはとても長い時間、黙って私の話に耳を傾けてくれたが、私につきまとっていた疑問をいきなり投げかけた。
「フィリップ、神様があなたを愛しておられることをわかって。
とても大切なことだと思うのよ。」
私の霊的生活にぱっくり開いていた穴に、彼女は光を投げかけてくれた。
私はキリスト教信仰にこれほど浸かりながら、いちばん重要なメッセージを見逃していた。
イエスの物語は祝福の物語、愛の物語だ。
そこには痛みや失望もある。
そう、私たちだけでなく神にとっても。
しかし、イエスは、ご自分の家族を取り戻すために、どこまでも追い求める神の約束を具現化しておられる。
God Bless You!!
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