2023年12月15日(金)

2023年12月15日(金)


『大いなる困難』

クリスマスの芸術作品は、イエスの家族を金箔で縁どられた聖画に描いている。
穏やかなマリアが受胎の知らせを一種の祝福として受け取る様もそこにはある。

だが、それはルカの語る話とは全く違うものだ。
マリアは天使の出現に「ひどく戸惑って……考え込んだ」。

天使がいと高き方の子について、またその国は終わることがないことについて崇高な言葉を唱えたとき、マリアの心にあったのは、それよりはるかに世俗的な思いだった。

「でも、私は処女なんですよ!」

現代の米国では年間百万人を超える少女が未婚で妊娠するため、マリアの陥った苦境の大きさが多少薄められてはいる。
だが、緊密な人間関係をもつユダヤ人社会で一世紀に天使のもたらした知らせは、もろてを挙げて歓迎されるようなものではなかったはずだ。

律法は、姦淫によって妊娠した婚約中の女を石打ちの刑に処すように定めていた。

数か月後、バプテスマのヨハネの誕生が大ファンファーレをもって迎えられた。
助産師、子どもが大好きな親戚、ユダヤ人男子の誕生を祝福する伝統的な村の合唱隊と、何もかもが揃っていた。

その半年後、家から遠く離れた場所で生まれたイエスには、助産師も親類縁者もなく、村の合唱隊も来なかった。

ローマの人口調査には、一家の家長が赴けば事足りただろう。
では、ヨセフは、身重の妻が故郷の村で不名誉な出産をしなくてすむように、ベツレヘムまで連れて行ったのだろうか。

今日、イエスの誕生の記事を読むとき、私はこの世の運命を思って震える。
この世は、二人の田舎出のティーンエイジャーの応答にかかっていた。

マリアは神の御子が子宮壁を蹴飛ばすのを感じたとき、天使の言葉を幾度思い出したことだろう。
ヨセフは、婚約者の体つきの変化を村人たちがじろじろ見ているなかで、恥ずかしい思いに耐えていたことだろう。

そして、天使と出会ったのはただの夢ではなかったか、と何度も思い直したことだろう。

God Bless You!!


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