2023年11月2日(木)

2023年11月2日(木)


『十字架と鉤十字』

国家に対する教会の挑戦は、いきなりあからさまな抗争になることが少なくない。
それは、全体主義国家が自らを「主」と主張するときに顕著だ。

ナチス・ドイツは、二つの王国というルターの教義の重要な課題を突きつけた。
その課題に教会はほぼ失敗した。

マルティン・ニーメラーはヒトラーに抗った指導者だったが、大半の教会がナチスに抵抗する勇気に欠けていたと告白した。

個人主義の信仰を実践しながら、国家に従うことに馴れてしまっていたので、人々は何もしないで抗議する機会を失った。

実際、ニーメラーも含めたプロテスタントの指導者が、最初はナチスの台頭を、神に感謝していた。
共産主義に代わるものはナチ党をおいてないと思っていたのだ。

不吉なことに、福音主義のクリスチャンは、政府と社会に道徳性を再建するというヒトラーの約束に魅了されていた。

カール・バルトによると、教会は「ヒトラー体制をほぼ満場一致で歓迎した。
揺るぎない確信と、この上なく大きな希望をもって」。

ドイツのプロテスタントには、国家に反対する強固な伝統がなかった。
クリスチャンは「胸に鉤十字、心に十字架」をモットーにした。

牧師たちはナチスの制服に身を包み、ナチスを賛美した。
教会が国家権力にまたも誘惑されていたことを知ったときは、すでに手遅れだった。

最終的に、少数派が覚醒してナチスの脅威に抗った。
ニーメラーは、「(ヒトラーでなく)キリストがわが総統」という大胆なタイトルで行った一連の説教を出版し、七年間服役した。

ディートリッヒ・ボンヘッファーは、別の刑務所で処刑された。

結局、ドイツ国内でヒトラーに反対した唯一の重要なグループは、忠実なクリスチャンたちだった。
労働組合、議会、政治家、医者、科学者、大学教授、弁護士は、みな屈服してしまった。

抵抗したのは、より高い力に忠誠心をもったクリスチャンだけだった。

幸いなことに、米国の教会は、独裁国家に抗うような厳しい選択を迫られたことがない。
逆に米国の民主主義には、宗教に基づく行動主義を歓迎してきた歴史がある。

ロバート・ベラーはこう言っている。
「米国の歴史で、宗教団体が公に騒々しく声をあげない重要問題はなかった。」

God Bless You!!


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