2023年1月22日(日)

2023年1月22日(日)


『八つの幸いの逆』

〔1月21日の続き〕
記者会見が終わるとCNNはコマーシャルに切り替わり、私は再びビデオを見た。

金髪で青白い顔のイエスに扮したマックス・フォン・シドーが、『偉大な生涯の物語』(ジョージ・スティーヴンス監督、1965年)の中で、本物とは似ても似つかない演技をしながら山上の説教を、強いスカンディナヴィア訛りでゆっくり唱えていた。

「心の……貧しい……者は……幸いです。
天の……御国は……その人たちの……ものだからです。」

シュワルツコフの会見に比べると気だるい調子のこの映画に慣れなければならなかった。
そして数秒後、さっきまで八つの幸いの逆を見ていたという皮肉に気がついた。

強き者は幸いだ。
それが司令官のメッセージだった。

勝利する者は幸いだ。
スマート爆弾やパトリオット・ミサイルを所有するだけの経済力がある軍隊は幸いだ。
解放者、勝利した兵士は幸いだ。

この二つのスピーチを並べるのは奇異だが、こうすると山上の説教が最初の聴衆、つまり一世紀のパレスチナのユダヤ人の間に引き起こしたに違いない衝撃波を感じることができた。

彼らの前にいたのはシュワルツコフではなくイエスだったが、イエスはローマの支配からの解放を切望する、虐げられていた人々に対し、ぎよっとするような、喜ばれるはずのない助言を与えられたのだ。

敵の兵隊に殴られたら、もう一方の頬も差し出しなさい。
迫害を喜びなさい。
貧しさに感謝しなさい。

戦場で散々な目にあったイラク人は、クウェートの油田に火を放つという卑怯な報復手段に出た。
しかしイエスは敵に対する復讐ではなく、愛をお命じになった。
そのような原理を土台にした王国が、ローマに対し、どれほどの間生き残るだろう。

イエスはこうも言われたであろう。
「爆撃で焼け出された人々や、家を失った人々は幸いです。
敗者や倒れた仲間を悲しむ者は幸いです。
イラクの支配下で今なお苦しんでいるクルド人は幸いです。」

「幸いです」という言葉は、イエスの意図した衝撃的な力を意味するには穏やかできよらかすぎると、ギリシア語学者ならだれでも言うだろう。

このギリシア語の言葉は、「やあ、幸せ者!」というような短い喜びの叫びに似たものを伝えているのである。
「不幸な者は、なんて幸せ者なんだろう!」

実際、イエスはこう言われたのだ。

God Bless You!!


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