2021年3月24日(水)の手紙

2021年3月24日(水)


『人に惑わされないように気をつけなさい。』マルコによる福音書13章5節


第13章は小黙示録と言われ、イエスが終末について語られたことが記されている。

1節に「先生、ごらんなさい。なんという見事な石、なんという立派な建物でしょう」とあるが、当時エルサレムでは、40年余りを費やして豪壮な神殿が建てられていた。

イエスは、「その石ひとつでもくずされないままで、他の石の上に残ることもなくなるであろう」と言われたが、その御言葉どおりに、40余年後、この神殿はこわされてしまった。

しかし、イエスは単にその出来事を預言されただけでなく、この言葉にはもっと深い意味があると思う。
「あなたは、これらの大きな建物をながめているのか」と書いてあるが、私たちは地上のものに目を奪われ、それがいかにも頼もしく思えてくる。

今日一般に、組織が尊ばれており、それが必要なのも事実である。
キリスト教においても、組織ができなければ信仰ができないような錯覚に陥っている面があり、組織作りにのみ熱心になっている者もある。

イエスはそういうことが最大の関心事になってはならないと言われたのである。

私たちの最大の関心事、信仰の目標は、私たち、造られた者すべてが、造り主である神の前に立つ時、その滅ぼされなければならない私たちの罪を、ご自身の御子イエス・キリストによってぬぐい去り、義の冠をかぶせようとしていてくださる神に向かって、私たちの信仰生活が進められていくべきであるという点にあると思う。

それがどんな大きな組織なのか、どんな立派なグループに属しているのか、そのことが問題なのではないのだ。

終末信仰というものもまた、何月何日に世の終わりが来るというようなものではない。
私たちが神の支配の中にあり、やがてこの世が終わり、私たちが神の前に立つ時があるということを聖書の宣言として聞き、そのために、イエス・キリストに依り頼み、みずからをととのえていくという生き方が、生活の中に生まれてくるというものでなければならない。

私たちはイエス・キリストの十字架のメッセージにのみ耳を傾け、どんなときにも、神が私を愛しておられるという聖書のメッセージを聞き続け、何にも惑わされることなく歩み抜こう。

God Bless You!!


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