2019年10月17日(木)の手紙

2019年10月17日(木)


『肉体の鍛錬も少しは有益ですが、今のいのちと来たるべきいのちを約束する敬虔は、すべてに有益です。』テモテへの手紙第一4章8節


キリスト者は死の瞬間、主なる神の御前で、主キリストとともに、またすでに肉体を離れて天国にいる仲間たちと、そして、御使いたちと栄光と喜びに満ちた永遠の命を楽しむことができるようになります。

使徒パウロはそのことを「肉体を離れて」と表現しています。
そして、すぐさま「主のみもとに住む」と付け加えます。

しかし、今それをことばで明確に表現することは不可能です。
地上ではまだ私たちの目は閉ざされ、天において初めて開かれるからです。

肉体から離された幸いな状態がどれほど長く続くのか、これはだれにもわからない神秘です。
しかし、時が満ちると「すなわち、号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに、主ご自身が天から下って来られます。
そしてまず、キリストにある死者がよみがえり」と言われています。

神の力によってよみがえさせられる私たちの体は、主キリストとともに歩むために魂と再び結合されるのです。

ありふれた、魅力のない球根として地に植えられた私たちの体は、雪のようながくと金の花弁を持った美しい百合の花のような華麗さへと変えられるのです。
しわの寄った小麦のように蒔かれた私たちの体は、金の穂を持って再びよみがえるのです。

「やがてどのようになるのか、まだ明らかにされていません。
しかし、私たちは、キリストが現れたときに、キリストに似た者になることは知っています。
キリストをありのままに見るからです」。

何と心躍る約束ではないでしょうか。

地上で味わった悲しみと苦痛は報われ、そして、疲れと病は償われます。
深い悲しみを伴って、魂から分離された体は、再びその魂と結び合わされます。
そのとき、完全な体、完全な魂の状態へと変えられ、満ちあふれた祝福が与えられるのです。

God Bless You!!


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