2019年10月14日(月)の手紙

2019年10月14日(月)


『どうか、平和の主ご自身が、どんな時にも、どんな場合にも、あなたがたに平和を与えてくださいますように。どうか、主があなたがたすベてとともにいてくださいますように。』テサロニケ人への手紙第二3章16節


この御言葉には、何とも言いようのない快い内容が含まれています。
少し考えれば、主以外から真実の平和をいただくことなどできないことがわかってきます。

試練の中にあるとき、だれによって、また何によって平和が取り戻され、与えられるでしょうか。
それは平和の主ご自身以外だれにもできないことを、私はお伝えします。

主の神秘的なご人格について考えること自体が、この世では見いだせない最上の平和であることが、私にはよくわかるからです。

主は一人の人であり、あらゆる点において「私たちと同じように試みにあわれたのです」。
主イエスは魂のあらゆる悲しみ、肉体のあらゆる痛みを十分に知っておられた一人の人でした。

このように主は優しい心からの同情を私たちに示し、そして、人を悲しみから解放する力をもっておられる方です。
主のご人格が平和の源そのものなのです。

主の死を限想することによって、あなたの魂に平和が与えられるようにと祈ります。
傷つき、血を流し、十字架上で亡くなろうとしていた主を思い浮かべてください。
驚くべき静けさがあなたの心に注ぎ込まれることでしょう。

主イエスは没薬であり、香料です。
そこから平和が芳しい香水のようにあふれ出てきます。

主があなたの心の近くに来てくださり、あなたにご自分の傷を示し、愛を語るとき、平和に満ちた神聖な主の熱情を感ずることでしょう。
あなたが主と一つとなり、永遠に主と結びつけられ、引き離されないことを確信できれば、あなたの魂は平和の中に包まれます。

これは経験から得た表現法の一つの試みであり、ことばでは十分に言い表すことができない内容を含んでいます。
「どうか、平和の主ご自身が、どんな時にも、どんな場合にも、あなたがたに平和を与えてくださいますように。
どうか、主があなたがたすべてとともにいてくださいますように」。

私もそう願っています。
主は単に平和を提供し、その平和を手にすべきであると言っておられるのではありません。
あるいは、その根拠を単に示しておられるだけでもありません。
主はその平和をあなたに与えておられるのです。

主はあなたに平和を与えることのできる方です。
くり返します。
主は必ずあなたに平和を与えてくださいます。

God Bless You!!


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