2018年5月16日(水)の手紙

2018年5月16日(水)


『主よ。私のくちびるを開いてください。そうすれば、私の口は、あなたの誉れを告げるでしょう。』詩篇51篇15節


十三世紀のフィレンツェに、かの偉大な詩人ダンテがおりました。
彼の「神曲」には魅惑的な美と深遠な印象深さとがありますが、その中で彼は、地獄の恐ろしさを通して私たちを天国の幸いへと導きます。

彼のこの巨大な詩の中に、きょうのみことばがあらわれます。

この世を生きたときに自分の口を誤って用いた人々のざんげ。
ダンテはそれを聞きます。
彼らはその口をただ享楽とぜいたくな飲み食いに使ったのです。
軽薄なことばが語られ、それらが宴会に薬味を添えて、ますます人のたましいを毒しました。

ざんげ者の行列は恐ろしく長いものです。
不気味な闇を、彼らはノロノロと進みます。
涙を流しつつ、幾たびも繰り返してこの詩篇の一節、「主よ。私のくちびるを開いてください」を唱えるのです。

「また見よ。
私は泣きながら歌う声を聞いた。『主よ。私のくちびるを…』
『この歌は嘆きも共に…』」。

「主よ。私のくちびるを開いてください」。
人々はそう祈ります。
そのくちびるは、地上にある間、常に享楽を得るために、また、いかがわしいことばを吐くために開かれました。

そうです。
彼らはただそのことだけに口を使ったのです。

今になって「私のくちびるを開いてください」と祈るのも変ではありませんか。
実はようやく彼らは気がつくのです。
神を賛美するために、またイエス・キリストの救いを伝えるために開かない口は、神の前では声が出ないのだということに。

以前には愚かに思えたことが、今や彼らに明らかにされます。
すなわち、神が私たちの心を賛美のために開かれるならば、それは神の最大の恵みであるということです。

「主よ。
私のくちびるを開いてください。そうすれば、私の口はあなたの誉れを告げるでしょう」。アーメン

God Bless You!!


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