2018年11月2日(金)の手紙

2018年11月2日(金)


『兄弟たち。あなたがたは、自由を与えられるために召されたのです。』ガラテヤ人への手紙5章13節


ヨーロッパを「キリスト教世界」と呼びます。
それゆえ、ヨーロッパに福音は充分に行き渡っていると思われがちです。
が、残念ながら「喜ばしい知らせ」と言えるほどには、何一つ知られていないのです。

一般に広まっている先入観のせいで、例えばきょうのみことばなどは見落とされてしまいます。
「自由を与えられるために召された」。

奇妙なことに、人々はたいてい真のキリスト教とは、強い抑圧であり、押え付ける規則だと思い込んでいるのです。
まじめなキリスト者たちの中にさえ、こういう錯覚は存在します。

しかし本当は、福音が私たちを奴隷にするのではありません。
逆に、福音がないために、私たちは抑圧と奴隷状態の中に生きるのです。

福音を知らないとき、人は時代の風潮の奴隷です。
みんなのすることを、自分もしないでいると落ち着かない。
郷に入りては郷に従え、というわけです。

福音を知らないとき、人は金銭の奴隷です。
時間、能力、生活、家庭の幸せ。
すべては、金銭という強固な偶像にささげられるのです。

福音を知らないとき、人は暗やみのわざの奴隷です。
人はなんと自分を不幸にするものでしょうか。
私たちは、この陰うつな縄目から逃れられないでいるのです。

福音を知らないとき、人は死の奴隷です。
私たちの生まれた日以来、この強い主人は私たちに魔の手を伸ばし続けています。

私たちは奴隷です。
しかし福音は自由を与えます。

神の御子が私たちに代わって十字架にかかり、金曜日のあの暗黒の中で「完了した」と叫ばれて以来、「神の子どもたちの自由」の扉は私たちに向かって開かれているのです。

この解放者に自分を委ねましょう。
大丈夫です。
溺れる者が救助者の手を掴むのに、何の勇気もいりません。

主よ。
解放者、救い主よ。
私たちにもあなたの力をお示しください。アーメン

God Bless You!!


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