2016年10月15日(土)の手紙

2016年10月15日(土)

『静まって、わたしこそ神であることを知れ。わたしはもろもろの国民のうちにあがめられ、全地にあがめられる。』詩篇46篇10節


神はホレブ山で、風や地震、火の中からエリヤに語られてもよかった。
だけど、そうされなかった。

かすかな細い声で「エリヤよ。ここで何をしているのか」と質問された。
だけど、エリヤの答えを神は既に知っておられた。

イゼベルから命からがら逃れてきたエリヤは、ひどく恐れ、落胆していた。
彼の答えを要約すると「神様、他の人達があなたを捨てる中、私は必死であなたに仕えました。
私だけが、あなたのために戦ったのに、これはどういう事ですか」というものだ。

神に仕えていたのは、本当にエリヤだけだったのだろうか。
いや、違う。
神には、七千人のバアルにひざまずかなかった人達がいた。

失意や恐怖のどん底に突き落とされ、神に仕えているのは自分だけだと感じる事があるかも知れない。
エリヤのように、大成功の後で、そんな状況に陥ってしまう事もあるだろう。

そんな時は、詩篇46篇10節が「静まって、わたしこそ神であることを知れ」と語っている事を思い出そう。
神に焦点を合わせ、神の偉大な力を仰ぎ見よう。
そうすれば、恐れや自己憐憫から解放される。

失敗のシンバルや成功のトランペットは、神のかすかな細い声をかき消してしまいがちだ。
だから、今こそ御言葉に思いをめぐらせ、神の声に静かに耳を傾けよう。
本当に神の声を聞きたいなら、この世の雑音を無視しなくてはいけない。

God Bless You!!


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