2013年2月6日(水)

2013年2月6日(水)


『悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい』ローマ人への手紙12章21節


ある青年が、大学に入学して数日後の事だった。
上級生が夜中の二時に彼を叩き起こし、いじめを始めたのだ。
蒸し暑い中を無理やり何キロも走らされた。
倒れても起き上がらされ、走り続けるように強要された。

遂に彼は気絶して、昏睡状態になり、その日のうちに亡くなってしまった。
虐待をした上級生達は、暴行致死罪で起訴された。

息子を亡くした父親は、彼を殺した残虐な行為に対して、弁解の余地がない事をはっきりさせた上で、大学当局、教員、全学生宛てに手紙を書いた。

「息子の死に際して、大学の関係者ならびに、地域の方々から寄せられたご厚情に対し、家族ともどもお礼を申し上げます。
大学に悪意を報いるつもりはありませんから、ご安心ください。

神様は、間違いをなさらないと信じているからです。
息子は、今天国で安らかにしています。

なぜ、こんな事が起きたのかと問う人がいるなら、こう答える事ができます。
永遠をどこで過ごす事になるのか、多くの人が良く考えるためです」と。

どうすれば、このように言う事ができるのだろう。
愛する息子を殺されて、尚、神を信頼する事ができるのだろうか。

とても、難しい事だけれど、ただひとつ、「信仰」によってそれは可能になる。
神様が主権者であると信じていれば、激怒を憐れみに、憎悪を思いやりに変える事ができる。
神様の主権の外で起こる悲劇はひとつもないからだ。

神様は、悲劇を変える事ができる。
決して永遠を無視してはいけないと、私達に教えるために。

God Bless You!!

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