2013年11月24日(日)

2013年11月24日(日)


『十二の門は十二の真珠であり、門はそれぞれ一つの真珠で造られ、都の大通りは、すきとおったガラスのような純金であった』ヨハネの黙示録21章21節


使徒パウロは、天国を待ち望んでいた。

「私にとっては、生きる事はキリスト、死ぬ事もまた益です」というのが、パウロの生きた証しでもある。

彼は、この世は神様を知り、神様を信頼し、神様に仕える場所だと心得ていた。
だけど、イエス様と一緒にいられるのだから、天国ははるかに素晴らしい場所だと知っていた。

パウロは、ピリピの人々や他の人々に奉仕するために、この世にとどまるのは望ましい事だし、事実、熱心に奉仕していたけれど、天国に行って、イエス様に会う心の準備はいつでもできていた。

心が天国に定まっている人は、この世の事には執着はしないものだ。
それこそが、クリスチャンの生き様じゃないだろうか。

God Bless You!!

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