2012年9月12日(金)
『それでもなお正しい者はその道を堅く保ち、潔い手をもつ者はますます力を得る』ヨブ記17章9節
もしも誰かが、私達の両手のドキュメンタリーを撮る事になったら、一体どんなものになるだろう。
もしもプロデューサーが、私達の手の一生を基にした映画を撮ると言ったら?
誰でもそうだろうけれど、映画はまず赤ちゃんのちっちゃな握りこぶしから始まって、ママの指をギュッと握った小さな手のクローズアップになる。
では、その次は?
椅子につかまり立ちをして、あんよの練習をしているところだろうか。
完成した映画を、友人達に披露する時、私達はいくつかの場面で誇らしげな気分を味わうだろう。
私達の手が贈り物を差し出し、傷の手当てをし、食事を作る。
それから場面が変わる。
与える事より、奪う事の多い手。
提供する代わりに、要求する手。
ああ、私達の手の力。
好き勝手にさせておけば、手は武器ともなる。
やみくもに権力を掴もうとし、生き抜くために締め上げ、快楽の道を手招きする。
だけど、うまく扱えば、私達の手は恵みの道具となる。
神の手の中にある単なる道具ではなく、神の手そのものになるのだ。
God Bless You!!
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