2012年6月19日(火)

2012年6月19日(火)


『絶えず祈と願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、そのために目をさましてうむことがなく、すべての聖徒のために祈りつづけなさい』エペソ人への手紙6章18節


神のご隣在の内に生きるには、どうしたらいいのだろう。
神の見えない手が、肩に置かれるのを感じ、神の声なき声を聞くにはどうすればいいのだろう。
いったいどうしたら、私達は神の声に親しむ事ができるのだろうか。

こんな話がある。
ある町に熱心なクリスチャンがいた。
神の隣在を求め、神への渇望は半端じゃない。

そんな彼の町を嵐が襲った。
川は氾濫し、家は流されていった。

彼はかろうじて流されていく家の屋根によじのぼり、神に祈った。
「神よ、私を助けてください」

少し時間が経って、小舟が目の前を通った。
舟に乗っている人が、大声で叫んだ。
「早く、この舟に乗りなさい。このままでは流されてしまうぞ」
しかし彼は、「いいや、私は神に助けを祈っているので、神の助けを待つ」と言った。
そして舟は行ってしまった。

彼は、それからも祈り続け、彼の目の前を更に2度も小舟が通ったが、彼は同じように断った。
そして、遂に彼は流され死んでしまった。

天国に行った彼は、イエス様に抗議した。
「あなたは、なぜ私があんなにも祈ったのに助けてくださらなかったのですか。
あなたの助けを命懸けで待ち望んでいたのに!!」

イエス様は優しく語られた。
「私は、あなたの祈りを聞いていたよ。そしてあなたの祈りに答えて、3度もあなたの前に舟を送りあなたを助けようとした。しかし、それを断ったのはあなたではなかったか」

神の隣在や、神の御手、神の御声はどこにあるのだろう。
あなたに語られた真実なアドバイスや、優しく置かれた仲間の手や、雑踏の中にある平安な心の中にも、神の隣在はあふれている。

God Bless You!!


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