9月3日(土)の手紙


2016年9月3日(土)

『御霊もまた同じように、弱いわたしを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。』ローマ人への手紙8章26節


幼い子どもが母親に向かって手を伸ばし、母親の注意を引こうとしているのを見ると、神を見上げて祈っている姿を連想する。

初代教会では、年老いた者の使命は、愛する事と祈る事だった。
私が思うに、愛する事は最も難しく、祈る事は最も複雑だ。

私の弱点は、祈るべき事が正確かどうか分からない事だ。
私は、人々の問題が解決するように祈るべきだろうか。
それとも、問題の中にあっても勇気をもって進んで行けるように祈るべきなのだろうか。

だけど、私達は今日の御言葉に励まされる。
ここで用いられている単語は「加勢する」という意味がある。
つまり、御霊が私達の祈りに参加してくださる、加勢してくださるのだ。

御霊は「言葉にあらわせない切なるうめきをもって」とりなしてくださる。
御霊は、私達が困っている事に心を痛め、しばしば、ため息まじりに祈られる。
私達の事を本当に心配しておられ、それは私達の想像以上だ。
その上、御霊は何と祈るべきかご存知だ。

御霊は、「神の御心」に従って祈られる。
だから、私の祈りが正しいかどうか、心配する必要はない。
ただ、神を信じ、手を伸ばせはよいのだ。
心を込めて祈る無言の祈りは、口先だけの祈りに勝る。

God Bless You!!

a:266 t:1 y:0