2023年8月20日(日)

2023年8月20日(日)


『広大な沈黙』

神の不在を示す実例は、聖書を見るだけでいくつもある。

イザヤは、「あなたは私たちから御顔を隠し」と言い、エレミヤは、「どうしてあなたは、この地にいる寄留者や、一晩だけ立ち寄る旅人のようにされるのですか」と問いただした。

どんな関係にも、近しいときと距離のあるときがあり、神との関係においても、たとえどれだけ親密でも、振り子は一方からもう一方へと揺れる。

子どもじみた信仰から、自分も他の人々を助けることができると感じる地点へと霊的成長を遂げつつあったとき、ちょうどこうした見捨てられ感を味わった。

突然、暗闇が下りたのである。

丸一年間、私の祈りは行き先がないように思えた。
神が聞いておられるという確信が全くなかった。
だれからも「不在のミニストリー」を教わっていなかった。

気がつくと、ジョージ・ハーバートのような詩人に慰めを求めていた。
ハーバートは自身の霊的に荒廃した時期についてきわめて率直に述べている。

またジェラード・マンリ・ホプキンズにもひかれた。
彼は次のように書いている。

神よ、私たちはあなたに賛美をささげますが、
天から答える声は聞こえません。
罪人は打ち震えながらあなたに祈りますが、
赦そうと答える声はありません。
私たちの祈りは
不毛なまま失われているように見え、
私たちの賛美は広大な沈黙の中で死にます。

私の祈りも失われているように見え、私の賛美も広大な沈黙の中で死んでいた。
どんな「テクニック」も霊的訓練も効果がないように思われたとき、絶望の中で英国国教会高教会派の典礼に用いられる祈禱書を購入した。

その一年を通じて、祈りと聖書箇所だけを読み、それを自分の祈りとして神にささげていた。

神に言った。
「私には自分の言葉がありません。
信仰がないのかもしれません。
どうぞこれら他者の祈りを、今ささげることのできる唯一の祈りとして受け入れてください。
彼らの言葉を私の言葉の代わりにお受けください。」

今振り返ると、その不在の時期は重要な成長の時だったと思う。
ある面で、以前にもまして真剣に神を追い求めていたからだ。

そこから抜け出たとき、私には新たにされた信仰と、神の臨在は権利というより贈り物であるという認識が備わっていた。

God Bless You!!


a:3 t:1 y:0