2023年8月2日(水)
『道に書かれた言葉』
「祈りについて本を書いているのなら、しばらくホームレスの人たちのところに通ってみたら。」
ベテランのスラム地区伝道者である妻に言われた。
「路上生活者は、贅沢のためではなく、必要だから祈るのよ。
なるほどと思った。
そしてホームレスの人々のために作られたデンバーのコーヒーハウスを訪れたとき、彼らの現実的な祈りに強い印象を受けた。
主の祈りに実によく似ていたのだ。
「われらの日用の糧を今日も与えたまえ。」
食べ物がなくなって祈っていると、ブリトーや手つかずのピザを見つけた経験が、だれにでもあった。
「悪より救い出したまえ。」
物騒な通りに暮らす信仰者たちにとって、それは日々の祈りだった。
「われらの罪をも赦したまえ。」
彼らは心の奥底に、人に言えない恥や後悔の念を抱えていた。
熟練カウンセラーのジョンが言った。
「路上生活者にファンダメンタリストがこれほど多いとは驚きでしょうが、当たりまえのことです。
救護所に行くたびに、地獄の業火の説教を聞かされます。
あなたは罪深く、価値がないというメッセージばかり受け取っているのです。」
20年の伝道生活から、路上生活者はファンダメンタリストと同様、大きな「愛着障がい」を抱えている、という理論をジョンは打ち立てた。
彼らは子どものころに両親をはじめ人々との絆が作れず、神との絆も作ることができなかった。
自ら関わったり、他者に心を開いたり、信頼したりすることが困難で、世界を危険で、怖くて入り込めない場所だと思っている。
ホームレスの人々と時間を共にしてから、祈りの新しい意味を知った。
安心して秘密をもっていける場なのだ。
連れ合いや信頼できる友人に恵まれれば、秘密を分かち合うことができる。
たとえ分かち合えなくても、神がおられる(私たちがまだ生きていて、愛されているという事実は、どんな秘密を打ち明けても、私たちが考えている以上に神は寛容であるということを示している)。
ジョンは言った。
「愛着障がいについて間違っていなければ、私に提供できる最善の伝道は、長期にわたる関係を築くことです。
何か月も何年もかけて、路上生活者が私のことを、自分の秘密を打ち明けられる人間だと信頼してくれることを願っています。
そしてホームレスの人々と向き合う人たちには、食べ物や金銭よりも、目を合わせることが大切であると伝えています。
彼らは他の人と、どんなかたちでもつながる必要があります。
自分が価値のある人間であると見てくれる人とつながる必要があるのです。」
God Bless You!!
a:7 t:2 y:0