2023年8月18日(金)

2023年8月18日(金)


『神聖を汚す金銭』

イエスは金銭を欲望の対象とはご覧にならなかった。
むしろ金銭から身を守るべきだと考えておられた。

「あなたの宝のあるところ、そこにあなたの心もあるのです」。
イエスのこの言葉は、形のある宝にあふれた社会に生きる私たちへの警告だ。

イエスは金銭を有害な霊の力、天国に対抗するマモン(拝金主義)神と表現された。

率直に言われた。
「あなたがたは、神と富とに仕えることはできません」。

たとえすべてを手放しても、金銭の力から自由になることなら何でもするように、そして身を守るようにとイエスは要求しておられる。

ジャック・エリュール著『金と権力』は金銭についての刺激的な書物だが、その中のいくつかの提案に私は衝撃を受けた。

著者によると、私たちは金銭の神聖さを汚す方法を見つけ出し、その霊力から磁気を抜かなければならない。
それが、見知らぬ人々に札束を渡したり、人通りの激しい道でお金を宙にばらまいたりすることであったとしても。

]そのような考え方は非常識でけしからぬことのようにも思えたが、そう思った自分がマモンの霊力に屈服していたことに気がついた。

私は金銭の浪費を、一つの冒瀆と考えていた。
そのとき私は、自分が天国に仕えるために金銭を使っていると思っていた。
しかし、実は与えるという行為の核心を見逃していたことがわかってきたのだ。

私は正確にどれだけ、まただれに与えるべきかを案じていた。
どこに寄付するのがいちばん見返りがあって、一ドル当たりの効果が最も高いかを探っていたし、所得税の控除対象となる領収書や私の厚意を感謝する手紙を当然期待してもいた。

そのように神経質な計算ずくの寄付は、聖書の教えに反するものだ。

使徒パウロが言及しているのは、陽気に、あるいは楽しく施す人だ。
陽気になるのは、与えるという行為の核心が非合理なものであるからだ。

与える行為は金銭を取り巻く価値のオーラを破壊する。
人は金銭を本能的に、鋼鉄の地下室や秘密の隠し場所に貯蔵する。

与える行為は金銭を解き放ち、競争と貸借対照表の世界に恵みを放つ。

God Bless You!!


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