2022年2月17日(木)

2022年2月17日(木)


『起きて食べなさい。』列王記第一19章5節


ここで御使いは預言者エリヤに幻を示してもいなければ、聖書を説き明かすことも、また特別変わったこともしていない。
御使いは、エリヤにきわめて当たり前のこと、つまり起き上がって食事をしなさい、と命じただけであった。

失意や落胆という経験をしたことが一度もなければ、私たちは生きているとは言えない。
人間には失意や落胆を経験する能力がある。
そうでなければ、幸せや高揚感を感じる能力もないことになる。

人生には、私たちを落胆させずにはおかないものや、死の性質を帯びたものがいくつもある。
したがって、自分を評価するにあたっては、どれほどの落胆に自分が耐えられるのかを常に知っておくことが必要である。

神の御霊が臨まれると、私たちに壮大なビジョンを示すのではなく、考えうるなかで最も当たり前のことをしなさい、と命じられる。
失意や落胆の経験をすると、私たちは神が造られた、ごく普通の、日常的なものには目もくれない傾向がある。

ところが、神が介入するときにはいつも、最も自然で単純なことをするように示されるのである。
それは、神がその中におられるとは想像もしなかったことなのに、言われたとおりにしてみると、そこで神を発見するのである。

このような形で訪れる霊感こそ、失意と落胆に対する積極的な対処法である。
しかし、その第一歩は私たちが神の霊感を受けて踏み出すべきものである。

ただし、落胆を克服するためだけの努力は、かえって落胆を深める結果になる。
しかし、神の御霊が、直感的に行動するように私たちを導かれると、その瞬間、落胆は消えてしまう。
私たちが起きて従うやいなや、それまでより一段高い人生の段階に入るのである。

God Bless You!!


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