2019年3月13日(水)の手紙

2019年3月13日(水)


『この苦しむ者が呼ぶと 主は聞かれ、すべての苦難から救ってくださった。』詩篇34篇6節


彼は孤独でした。
しかし、その祈りに耳を傾けてくださったただ一人の方が、主なる神でした。

万軍の主、栄光に満ちた方が祈りを聞いてくださいました。
神は身を低くし、永遠の栄光の座から降りて来て、彼の祈りに耳を傾けられたのです。

祈り心さえあれば、耳を傾けようとしない神の耳を開き、嘆願を聞いていただくことができると考えてはなりません。
神があまりに離れているために、私たちの貧しさに気づくことがないと考えてはいけません。
神は祈りを聞き、そして、神の子たちの願いと要望を十分に知っておられます。

しかし、神が祈りを聞いてくださる方であると信じることによって、私たちはさらに熱心に祈ることができるようになります。

ある人が、「祈りは優れた訓練手段であり、やりがいのある、有益な手段である。
しかしそれ以上ではない。
祈りは全能者の思いを変えることはできない」と私に言いました。

しかし、この偽りの勧めを安易に信じてはなりません。
さもないと、すぐに祈ることをやめてしまうことになるからです。

だれも単に祈ることが好きだからとか、人に見てもらいたいという理由のために祈ることはないはずです。
すでに神の力による多くの恵みの導きをいただき、体験しているとしても、主イエスは神の𨨶顔を求める人の祈りに必ず耳を傾けてくださいます。

「苦しむ者が叫ぶと 主は聞かれ、そのすべての苦難から救い出してくださる」。

この御言葉は常に真実です。
これは素晴らしいことであり、本当に驚くべきことです!

「祈りを聞かれる神」。
これは主なる神に与えられている特別の名称です。
祈ったことが確かなように、神が私たちの祈りを聞かれることも確かなことです。
そして、神の豊かな恵みをいただくことによって、私たちは再び力強く立ち直ることができます。

私たちの嘆願に対する数多くの応答は、祈りが時と空間を超えて神に届いていること、さらには私たちが神とその無限性に触れていることの確かな証拠なのです。
これは今も変わらない真理です。

主はいついかなるときも、またどんなところでもあなたの祈りを聞いておられます。

God Bless You!!


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