2018年4月25日(水)の手紙

2018年4月25日(水)


『イエスは彼らに言われた。「子どもたちよ。食べる物がありませんね。」彼らは答えた。「はい。ありません。」』ヨハネによる福音書21章5節


なんという弟子たちでしょうか。
かつて主イエスは、彼らを漁師の舟から呼び出して、「あなたがたを、人間をとる漁師にしよう」と言われました。

ところが今…、 主の復活の数日後…、彼らは再び漁を始めているのです。
主が彼らをその道へと導かれたのではありません。
彼らが自分でそれを選んだのです。

さて岸辺に立つイエスがお尋ねになります。
「食べるものがありませんね」。
彼らは恥じ入りながら「はい」と答えるほかはありませんでした。

彼らの最も痛いところを突く主。
主がほんの一、二週間前、「(あなたがたに)何か足りない物がありましたか」とお尋ねになったのは、受難の直前のことでした。
彼らは喜びにあふれて「いいえ」と答えたのです

ところが今、彼らは欠乏を覚えています。
徹夜の漁も空しかったのです。
ひどいことに、舟も心も空っぽでした。

主は、尋ねることによってこう言おうとなさったのです。
わたしの導きをあなどって、自分の道を行くならば、惨めなことになる、と。

聖書はこの主の導きのことをしばしば語ります。
主のみこころにさからってエジプトに出かけにアプラハムは悲惨でした。
しかし、導きをしっかりと心に留めた使徒パウロは、どんなに祝福されたことでしょうか。
彼は、さまざまな苦しみにもかかわらず、豊かな祝福を受けたのです。

導き。
それは神の子どもたちが持つことのできる大いなる秘密です。
人はそれを、ただ聖書と静思の中で見いだします。
「主よ、御手もて引かせたまえ」と歌う詩に、その秘密をうかがい知ることができます。

主よ。
自分勝手な道から私たちをお守りください。
あなたの道を認めさせてください。アーメン

God Bless You!!


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