2018年4月18日(水)の手紙

2018年4月18日(水)


『イエスは、その手とわき腹を彼らに示された。弟子たちは、主を見て喜んだ。』ヨハネによる福音書20章20節


このみことばの背景を知ったならば、その麗しさを充分に味わうことができるでしょう。
「背景」とは主なる神との出会いを伝える、いくつかの聖書の記事のことです。

まずアダムとエバです。
無作法にも彼らは神の命令を無視したのです。
やがて、園を歩む主の足音を聞くと、彼らは、主の前から逃げ去って、身を隠しました。

以来、生まれながらの人間はみな、同じように行動するのです。
人は神の前から逃げ去ります。
仕事へ、不安へ、世界観へ、おしゃべりへと。

次はシナイ山の驚くべき事件です。
イスラエルの子らは山のふもとに集められました。
が、主が濃い雲の中に現れ、そして角笛の音が鳴り響くと、彼らは逃げ去りました。
「主の前に立つことができない」と感じたからです

さてヨハネの黙示録に、もうひとつの光景が見られます。
栄光のうちに再び来られる主を見るとき、人々は口々に山や岩に向かって、「私たちの上に倒れかかって、…私たちをかくまってくれ」と叫んで逃げ出すのです。

いつも同じことが繰り返されます。
人間は神の顕現の前に恐怖を抱くのです。
それは当然です。
主が私たちにお会いになるとき、いったい罪ある私たちは立ちおおせるでしょうか。

ところが、きょうのみことばでは、状況はまったく違います。
「弟子たちは、主を見て喜んだ」。
ここでは、すべての恐れが消えうせているのです。

なぜですか。
イエスが「その手とわき腹 彼らに示された」からです。
弟子たちは十字架の意味を悟ったのです。
十字架は、赦し、神との和解、神の愛です。
十字架は、神の前から逃げ去るしかない人間たちに、平和を差し出すのです。

主よ。
私たちにも、打ち抜かれたあなたの御手をお見せください。
そして平安をお与えください。アーメン

God Bless You!!


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