2018年4月17日(火)の手紙

2018年4月17日(火)


『それでも、彼らは、うれしさのあまりまだ信じられず、不思議がっているので…。』ルカによる福音書24章41節


なんというすばらしい不信仰でしょう。
このような言い方は、信仰を養うべき霊想書にはふさわしくないかもしれませんが。

なぜ弟子たちの不信仰がすばらしいのかを解明するために、詳しく話しましょう。

私たちの間にも、多くの不信仰が見られます。
そして、それぞれの不信仰にはみな、もっともな理由があります。

ある人は、キリスト者に幻滅したためです。
別の人は、神が愛ならば起こり得ないだろうことを、あまりにも多く経験したためです。
さらに別の人は、自然科学の教養が邪魔をしたからというでしょう。

が、ほとんどの人々は、要するに信じる気がないので信じないのです。
そしてその不信仰によって彼らは何の利益も得ないばかりか、逆に、彼らの生き方に混乱を呼び込むのです。

イエスの弟子たちは復活の主にお会いしました。
彼らもまた、信じられなかったのです。

それにしても、なんという麗しい理由づけでしょうか。
「うれしさのあまり信じられず…」。

彼らは思いました。
ああ、これが本当であるとは、話がよすぎる。

呪われた世界に救い主。
さすがの死をさえも、足の下に踏みにじる力のある救い主。
途方もない贖いを、釘跡をもって証拠とする救い主。
愛に富み、私たち拒絶者をも追い求めてやまない救い主。
私たちが全信頼を傾け得る救い主。
平和の川の流れ出る救い主。

それが本当だとは、話がよすぎるではありませんか。

「うれしさのあまり信じられず…」。
すなわち弟子たちはイエスの福音がいかに大いなるかを正確に理解した、ということです。
このような不信仰であるならば、それはすでに信仰の門の中に立っているのです。

義の太陽よ。
私たちの最後の疑惑の雲をも消し去ってください。アーメン

God Bless You!!


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