2018年2月15日(木)の手紙

2018年2月15日(木)


『そのとき、十二弟子のひとりで、イスカリオテ・ユダという者が、祭司長たちのところへ行って、こう言った。「彼をあなたがたに売るとしたら、いったいいくらくれますか。」すると、彼らは銀三十枚を彼に支払った。』マタイによる福音書26章14節~15節


私たちにとってイエスの値段はどれほどでしょうか。
このイエスについて聖書は言います。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」。

では、私たちにとってイエスはどれほどの値打ちがあるでしょうか。
ユダはこの問いにはっきりと答えを出しました。
「銀貨三十枚」です。

これは多いでしょうか、少ないでしょうか。
当時としても 多かったのだと私は思います。
今日の人々ならば、代価を受け取りもせずにイエスを売り渡すからです。

近ごろの住まいに合わなくて、骨とう屋さえ見向きもしない古い家具。
現代はイエスを、そのようなものとして投げ捨てます。

しかしユダにとっては、イエスはとにもかくにも銀貨三十枚に値したのでした。
それにしてもなんとばかげた値積もりでしょう。
イエスをもっと値打ちがあると思う人はたくさんいるのです。

聖書はひとりの若者のことを記録にとどめています。
ステパノです。
彼にとってイエスは自分のいのちをかけるだけの値打ちがありました。
救い主を捨てるよりは石打ちにされたほうがよいと考えたのです。
そして彼は今日に至るまで、多くの追随者を得ています。

さて、あなたにとって、イエスの値段はどれほどですか。
答える前に、主イエスにとって私たちがどれほどの値段であるのかを、まず聞いておきましょう。

その答えは…
「すべて」です。

私たちのために主は神のみそばの栄光を捨て、十字架の上で神のさばきを負われたのです。
それを忘れてはなりません。

さあ、私たちが答える番です。
私たちにとってイエスの価値はどれほどですか。

主イエスよ。
私たちのすべてとなってください。アーメン

God Bless You!!


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