2018年12月19日(水)の手紙

2018年12月19日(水)


『そして、群衆は、イエスの前を行く者も、あとに従う者も、こう言って叫んでいた。「ダビデの子にホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。ホサナ。いと高き所に。」』マタイによる福音書21章9節


日刊新聞。
「ローマ新聞」とでも呼びましょう。
その記者がイエスの入城を取材したとします。

事件の全体像をなかなかとらえ切れません。
それで彼は、飛びぬけて大声で叫んでいる一人の熱狂的な男の腕をつかみ、尋ねました。

「どうか取材にご協力ください。二、三の質問を」。
「どうぞ、どうぞ」。
「みなさんが古い聖書のことばを繰り返し叫んでいるのはなぜですか」。

男が答えます。
「よく聞き取りましたね。
私たちは詩篇118篇のみことばを叫んでいるのです。
一人の救い主が来られるという約束です。
そしてあのろばの背に乗っておられるのが、その方です」。

記者は当然、批判的な論評を加えます。
「しかし世界が彼を認めないならば、どうなるのですか」。

イエラエル人は笑いながら言いました。
「もしも全世界があなたがたのローマ皇帝を否定すれば、皇帝は退位するでしょう。
皇帝は自分で権利を主張するにすぎないからです。

しかし、このイエスという方は、生ける神の御名によって来られたのです。
それゆえ彼は、私たちの意見に左右される方ではありません」。

記者。
「では、このイエスが確かにその約束の人物だという根拠はあるのですか」。

直ちに答えが返って来ました。
「それは神が私たちの目を開かれたからです。
私たちはこの方がキリストであり、生ける神の御子であると信じ、認めます」。

記者は首をひねりました。
彼は総じて物わかりの良いほうですが、この件ばかりは、なかなか理解が困難と見えます…。
覚醒されない世と、神の子どもたちとの間には、互いに理解しあえない一点というものが存在するのです。

主よ。私たちを、「ホサナ」と叫ぶ信仰者の群れにお加えください。アーメン

God Bless You!!


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