12月12日(金)の手紙


『それは断食をしていることが人に知れないで、隠れた所においでになるあなたの父に知られるためである。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いて下さるであろう』マタイによる福音書6章18節


社会的地位や影響力を失う事は、寂しいものだ。
もともと、スポットライトを浴びるなど思いもよらない私達でさえ、影が薄くなっていくように感じるものだろう。

だけど、目立たない無名の人であるのは、悪い事ばかりではない。
有名になれば、好感度が上ったり下がったりを常に気にして悩まなくてはいけない。
人にどう思われるかを気にしない有名人は、あまりいないからだ。

そこには、危険な罠がある。
人に気に入られようとすればするほど、神様から認めていただきたいという願いが薄らいでいく。
一方で、世の人々の賞賛がないなら、神様に認めていただく事だけを求めるようになるのかも知れない。

私達の献身、祈り、断食などを、吟味する必要がある。
神様の目だけを意識して、そうしているだろうか。
もしそうなら、周りの人は気付かなくても、神様が認めて報いてくださる。

人目につかない親切や奉仕、静かに祈るとりなしの祈り、罪の誘惑や甘えとの孤独な戦い。
神様は、これらに対して、いずれ充分な報いを与えてくださる。

結局のところ、神様の「よくやった。良い忠実なしもべだ」という言葉だけが、私達にとって重要なのだから。

God Bless You!!


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