8月9日(土)の手紙


2015年8月9日(日)

『主はおのが民を喜び、へりくだる者を勝利をもって飾られるからである』詩篇149篇4節


ある人にとっては、「聖なる」という言葉は、嫌になるほど真面目で気難しく陰気な人を連想させるのかも知れない。

「善人」や「聖なる人」は、義務に対して厳格で独善的であり、「あの世の人生」のために、あれもこれもお預けだと思われている。

大部分の人は、「真実」と「善」を望んでいる。
だけど、独善的で批判ばかりしているクリスチャンを見ると、それらは儚い望みのように感じられる。

まだイエス様を知らない人達にとって、そんなクリスチャンの美徳は、世俗の悪よりも卑劣なものに見えるのだ。
その結果、悪を嫌っていたとしても、その悪にしがみついてしまう。

C・S・ルイスの妻がこう言った。
「ひとりの聖人ぶった偽善者が、100人の不信者を作る」と。

クリスチャンが素晴らしい生き方をして、この世の人がそれを見るならば、彼らはその生き方にあこがれて救い主に導かれるだろう。
これは、ペテロが語っている事だ。

「もし、世界中のたった一割の人だけでも聖なる生き方をしたなら、全世界はキリストを信じて幸せになるだろう」とC・S・ルイスは考えていた。

私達は、聖なる生き方をする事ができる。
内住される神の御霊に自分をゆだねるなら、稀に見るような美しい人生を送る事ができるだろう。

God Bless You!!


a:317 t:1 y:0