8月6日(木)の手紙


2015年8月6日(木)

『わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である』ピリピ人への手紙1章21節


「死んだ状態を恐れる人はいない。
人は、死が襲うのを恐れるのだ」と言った人がいる。

「死は、怖くない。
ただ、その場に居合わせたくないだけだ」とも言っている。

私達は、死ではなく、死にゆく事が怖いのだ。
一方パウロは、投獄され、殺されるかも知れないという状況で、「わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である」と語っている。
何と言う違いだろう。

死は、私達の敵だけれど、多くの人が恐れるように、それで終わりという訳ではない。
イエス様を主と信じるならば、この世の人生の向こう側に、より良い人生が待っている。
青虫としての生命の終わりは、蝶としての生命の始まりのように。

英語の現代訳聖書のひとつは、ピリピ人への手紙1章21節を次のように訳している。
「私にとっては、生きることはキリストのためのチャンスであり、死はそれ以上に良いことです」と。

この世で生きている間、私達にはイエス様に仕えるチャンスが与えられる。
だけど、いつの日か、神のみもとに行く。
そして、御顔を拝する時、私達の恐れは消え去るだろう。
それこそが、パウロの言う「益」なのだ。

God Bless You!!


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