2023年5月1日(月)

2023年5月1日(月)


『人生の一部』

セーレン・キェルケゴールの語ったこんな寓話がある。

灯りを点けた馬車が金持ちを乗せ、冷たい闇夜を走っている。
御者台の農夫の目に、満天の星がまぶしい。
ところが馬車の中でランプのそばに座っている金持ちには、それが見えない。

創造された世界に以前にもまして科学の光が当たっている現代、この世界を超えた目に見えない世界は、科学の陰となって、ますます見えづらくなっているようだ。

私は技術革新に抗議する合理化反対論者ではない。
ノートパソコンのおかげで、過去二十年間に出したすべての拙著にも、執筆にあたって記した何千もの覚書にも、アクセスすることができる。

人里離れた山中に閉じこもり、このコンピューターからヨーロッパやアジアの友人たちにメッセージを送ってきた。

毎月送られてくる請求書も電子決済している。
それやこれやで、技術と科学のもたらす恩恵を享受している。

そうであっても、私は現代の視点に潜む危険に目を留めている。
今の時代精神である還元主義は、物事を省略するという不幸な結果をもたらすことがある。

科学の提供する世界地図は、植生地帯を色分けし、崖や丘の輪郭を曲線でなぞる地形図のようなものだ。

コロラドの山々をハイキングするときは、そのような地形図を頼りにするが、二次元の地図で全体図はわからない。

三次元の地図も同じだ。
山の薄い空気、一面に広がる野の花、雷鳥の巣、泡立つ小川の流れ、達成感に満たされて頂上で取る昼食といった登山の経験は、こうした地図では決してわからない。

雄大な自然との出合いは、還元主義を圧倒する。

さらに重要なのは、還元主義者の手法には、目に見えない世界を思う余地がないことだ。
物質の世界イコール存在の総量だと、当然のように考えられている。

目に見えない神を調べたり試したりすることはもちろんできない。
神を量化したり還元したりすることも絶対にできない。
そのため技術の進んだ社会に生きる多くの人々が、神は存在しないだろうと思いつつ日常生活を送っている。

還元したり分析したりできる世界にとどまり、もう一つの世界を語るささやきには耳を塞いでいる。

トルストイが言ったように、物質主義者たちは、人生が人生そのものに対して設けている限界を誤解している。

God Bless You!!


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