2023年3月7日(火)

2023年3月7日(火)


『間違ったとらえ方』

私は自分の仕事が大好きで、ほかの仕事などは考えられない。
しかし、心の底では恥ずかしさを覚えている。

われわれもの書きは、現実という鍵穴に目を凝らすのぞき屋と変わらないからだ。

友人のラリーのことを記事にしたことがある。
私の知る最も魅力的な人物の一人だ。

彼はバイセクシャルで、どちらのジェンダーの人たちとも関係をもってきた。
回復途中のアルコール依存症患者で、AAの集まりにほぼ毎日出席し、この20年、酒を口にしていない。
そして薬物乱用カウンセラーにまでなった。

絶対平和主義のメノナイトとして育ったが、ベトナム戦争に従軍して、これに逆らった。
けれどもそれからは、純理論家の平和主義者になった。

そんななかでラリーはクリスチャンになった。
「ありのままの自分」(Just As I Am)と 「アメイジング・グレイス」のおかげで回心したという。

二つの賛美歌の歌詞を聞き、神が求めておられるのは、ありのままの自分なのだと、初めて納得した。
神の恵みはそれほどまでに驚くべきものだった。

以来、彼なりに神に従っている。

ラリーは自分の抱えているジレンマをこんなふうに述べている。
「僕は『ありのままの自分』と『神が望んでおられる自分』のどこか中間で捕らえられているようだ。」

私は『クリスチャニティー・トゥデイ』誌の記事の冒頭で、ラリーの話を短く書いた。
プライバシーを守るために、細かな点は変更した。

数週間後にラリーが電話をかけてきて、こう言った。
「記事を見たよ。」

次の言葉を待っていると、痛烈な言葉を浴びせられた。
「フィリップ、ぼくは本物の人間に、三次元の人間になろうと生きてきた。
君は僕を段落二つ分の描写に削ぎ落としてしまった。」

ラリーの言葉に間違いはなかった。
その瞬間、彼がもの書きの仕事の本質を言い当てたことを理解した。

もの書きは削ぎ落とす。
人間という素晴らしい存在を、統計に、図に、トップ記事に削ぎ落とす。

ジャーナリズム……実際すべての芸術……は、リアリティーでなく、決して正確に描くことのできない肖像画を描こう、描写をしようとしているだけなのだ。

キーボードに向かうたびに、そのことを思い出そうとしている。
私は真理を伝えようとするが、失敗する。
正しく伝えることは絶対にできない。

それもまた、この召しをもってたどる長い旅路の性質なのだ。

God Bless You!!


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