2023年3月29日(水)

2023年3月29日(水)


『過激な転換』

聖書を研究していくと、苦しみに対する聖書記者の態度が急変していることがわかる。
その変化には、十字架が直接関わっている。

新約聖書の記者は困難な状況を話すときに、ヨブや預言者、詩篇記者に特徴的な怒りを表明していない。
苦しみの現状の説明はせず、イエスの死と復活という二つの出来事をひたすら指し示す。

まるでそれが、答えを描いた絵文字であるかのように。

使徒たちの信仰は、彼らが率直に告白しているように、イースターの日曜日に起きたことに全面的に基づいていた。

この弟子たちは、あの指導者と過ごしていた三年間にはわからなかったことを、まもなく悟る。

神は、いなくなったように見えるとき、最も近くにおられるのかもしれない。
神は死んだように見えるとき、よみがえってくるのかもしれない、と。

悲劇、暗闇、勝利という、この三日間のパターンは新約聖書の記者にとって、試練にあうたびに当てはめるべきひな形となった。

「なぜ」という疑問に答えがなくとも、神の愛の証明であるイエスを振り返ればよいのだ。

「良き金曜日」(Good Friday)は、神が私たちを苦しむままにされなかった証拠である。
人間の人生における悪や苦しみは、神にとっても生々しく重大であるため、その苦しみを分かち合い、自ら耐えようとされた。

神も「悲しみの人だった。
その日、イエス自らが神の沈黙を経験された。
あの十字架上の言葉は、詩篇23篇ではなく、22篇からの引用だった。

そして、復活の日曜日が表しているように、最後に苦しみは打ち破られる。

だから、ヤコブは、「様々な試練にあうときはいつでも、この上もない喜びと思いなさい」と書き、ペテロは、「あなたがたは大いに喜んでいますが、今しばらくの間、様々な試練の中で悲しまなければならないのです」と書く。

そしてパウロは「苦難さえも喜んでいます」と言う。
使徒たちは続けて、そういう「贖われた苦しみ」から出てくる良きものを記している。

成熟、知恵、本物の信仰、忍耐、練られた品性、そして多くの報酬だ。

パウロは、これは時間が解決すると言う。
ただ待つのだ。

暗く静まった金曜日を、イースターの日曜日に一変させる神の奇跡が、いつの日か宇宙的規模で行われる。

God Bless You!!


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