2023年2月5日(日)

2023年2月5日(日)


『ダッハウの召命』

よく話を聞かせてもらっていた牧師がいる。
第二次世界大戦中、ダッハウ強制収容所を解放した部隊にいた人で、温厚で聡明な牧師だった。

解放したときのことを話してくれた。

「同僚と私は一台の有蓋貨物列車の任務を託されました。
列車の中には人間の遺体が、薪のように、きちんと積み上げられていました。
私たちの仕事は、家具を所定の位置に移動するような感じでした。

有蓋貨物列車に入って二時間も経つと、否定的な感情が波のように押し寄せてきました。
激しい怒りの感情です。
収まることのないその怒りを原動力に作業を続けました。」

「それから、ダッハウの責任者であったナチス親衛隊(SS)の将校たちを連行する任務を与えられました。
将校たちは連合軍の衛兵の監視下にありました。

その12人を、近くの尋問所に連れて行く志願者を大佐が募りました。
数分後、囚人たちが森の中に姿を消すと、機関銃のバラバラという音が聞こえました。

そして志願したチャツクが、銃口から煙の立ち上る銃を手にして、ぶらぶら出て来ました。
『あいつらが逃げようとしたのさ』と狡猾そうな目つきをして言いました。」

「牧師になるようにと神に召されたように思ったのは、その日でした。
まず、有蓋貨物列車の中で見た遺体に恐怖を覚え、とにかくそのような悪に反対するものに生涯を献げるべきであると確信しました。
神に仕えるべきである、と。」

「そしてチャックの一件です。
次はおまえがナチス親衛隊の将校たちを連行しろと大佐に命じられるのではないかと、胸を絞めつけられるような恐怖を覚えました。

それ以上に怖かったのは、自分もチャックと同じことをするかもしれないということでした。
あの将校たちのもっていた獣性は、私の中にもあったのです。」

しばらく時をおいて、こう話してくれた。
「今の仕事は、そことつながっていると思います。
安っぽい感傷ではなく、ときどきこんなふうに考えます。

アドルルが若く多感なころに、混乱した心でウィーンの街をさまよっていたとき、だれか人の心がよくわかり、上手に導くことのできる人がいて、親身になって助けていたら、どうなっていただろうか、と。

世界はあれほどの血を流さずにすんだかもしれないし、ダッハウもなかったかもしれない。
今あなたの置かれている状況に、だれが置かれることになるのか、私は決してわからないのです。」

「私の生涯を『名もなき人々』と過ごして終えるとしても……、いや、あの有蓋貨物列車の中で学びました。
『名もなき人々』など存在しないことを。

あの日ダッハウで、人間のうちに宿る『神のかたち』とはどういうものかを私は学んだのです。」

God Bless You!!


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