2023年1月30日(月)

2023年1月30日(月)


『黙らせることのできない手』

2003年6月、ブランド博士が自宅のコテージで、本を入れた箱を二階の仕事場に運んでいたときに転倒した、と電話で知らされた。
博士は手すりに頭をぶつけ、シアトルの病院に運ばれて昏睡状態にあるという。

私は妻と数日後にニュージーランドに発つ予定だったが、ユナイテッド航空にしつこく交渉し、シアトル経由の飛行機に変更してもらった。

機内でブランド博士の娘ポーリンから届いたEメールを読んだ。
彼女は『ライオンと魔女』の一場面を思い起こしていた。

「二人の少女が、毛をそられ、縛られたアスランの亡骸を見つけたとき、ライオンからその尊厳を剝ぎ取ろうとする仕業だったとしても、ライオンの尊厳を高めているだけだとわかるのです。

半分そられたパパの可哀そうな頭と、手術で付けられたホッチキスの醜い半円形、顔や首や胸に貼られた何本もの管もそれと同じです。
そんな状態にされてもなお、パパの顔は今までと変わらず美しくて……。」

博士のベッドサイドで、私は突然、込み上げる感情に言葉を失った。
ポール・ブランド博士は30年近くも、私の人生にそびえ立つ巨人だった。
導きを、知恵を、霊感を、そして信仰を求めて、博士を見つめてきた。
いま横たわっているのはその容れものだけ、二人で一緒に書物に書いてきた肉体だけだった。

私は身を屈めて、髪を剃られて赤ちゃんのようにすべすべになった博士の顔にキスをした。
博士の左手が何かをつかもうとするように伸び、私は自分の手を博士の手に重ねた。

奇妙とも言えるが、信じがたいことに博士の指が私の指を調べ、上へ下へとさすり、押し、動かし、解析し始めた。
私が立ち上がるときには、博士の右手が同じようにしたが、博士にとっては意味のないことであった。

手外科医としての50年に培った本能が、脳のシナプスに強く刻印され、そのほとんどが破壊されていても、そこだけは残っていたのだ。

博士はよく患者の顔よりも手のほうをよく記憶していると言っていた。
いま博士は話すことができず、おそらく考えることもできないし、呼吸もほとんどできていないが、多くの手に癒しをもたらした手をなおも差し伸べてくれたのだ。

〔1月31日へ続く〕

God Bless You!!


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