2022年1月18日(火)
『トマスはイエスに答えた。「私の主、私の神よ。」』ヨハネの福音書20章28節
「イエスは彼女に、『わたしに水を飲ませてください』と言われた」。
本当は私たちがイエスの渇きを癒さなければならないのに、私たちのうちの何と多くの者がイエスに自分の渇きを癒やしてほしいと躍起になっていることか。
私たちがすべきことは、イエスを利用して自分を満たすのではなく、自分のいのちを注ぎ出し、自分の存在のすべてを投入することである。
「あなたがたは……わたしの証人となります」というのは、純粋に、また毅然と、そしてなりふりかまわず主イエスに獣身することを意味している。
それこそは、主が私たちをどこへ遣わされようとも、主に満足していただけることなのである。
あなたがイエス・キリストに忠誠を尽くすことに対抗するものは、それが何であっても警戒しなければならない。
イエスに対して真の献身をするにあたって、最大の敵は、実に私たちがイエスのために行う奉仕である。
自分のいのちのすべてを余さず主に献げるよりは、奉仕するほうが楽だからである。
神からの召しの最終目標は、神が満足してくださることであって、単に私たちが神のために何かをする、ということではない。
私たちは神のために戦いに遣わされるのではない。
神の戦いにおいて、神に用いていただくために遣わされるのである。
私たちは、もしかすると、イエス・キリストご自身より、奉仕に専念しているのではないだろうか。
God Bless You!!
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