2021年8月13日(金)の手紙

2021年8月13日(金)


『あなたがたの信仰の働きと、愛の労苦と、わたしたちの主イエス・キリストに対する望みの忍耐とを……。』テサロニケ人への手紙第一1章3節


パウロは最初に、いつものようにあいさつをもって始める。

「あなたがたの信仰の働きと、愛の労苦と、わたしたちの主イエス・キリストに対する望みの忍耐とを、わたしたちの父なる神のみまえに、絶えず思い起している」。

信仰の働きとは、信仰からくる働きであり、愛の労苦とは、愛に根ざした労苦ということである。
イエス・キリストに対する望みとは、再臨(主が再びこの地上に来られる)の備えということである。

この、信仰、愛、希望の三つは、コリント人への第一の手紙第12章と同じものである。

戦時中、ドイツの教会は、ヒトラーと調子を合わせたドイツ教会と、それに対して反対した告白教会との二つに分かれた。
私たちがよく耳にするボンヘッファー牧師も告白教会の人であり、おおぜいの仲間と共に投獄され、ついには殉教していった。

パウル・シュナイダーもそうであったが、彼の獄中からの手紙には、六人の子どもの父親としての苦しみや、夫としての妻に対する愛というものが、実に美しく出ている。

彼は希望を持っていた。
神は、御心に従っていく者には、必ず解決の道、勝利の道を与えてくださるという希望であった。
どんなにいま権力がむちゃなことをしていても、最後には神が勝利されるという確信を持っていた。

それが、やがて神の前に立ったとき、嘉せられるという信仰となっていたのである。

私たちは、天国とか、主の再臨を信じて生きていくことが、自分のいまの生活とあまり結びついていない。
いまの苦しみや回り道をしているように思われることが、実は主の再臨と結びついていると確信して、それを信仰の原動力として耐えていきたいものである。

「神に愛されている兄弟たちよ。
わたしたちは、あなたがたが神に選ばれていることを知っている」。

パウロはテサロニケの人たちに、聖霊による力強い働きをすることができた。
私も伝道に出かけるとき、祈りが積まれ、祈りの準備がよくできているところでご用にあたるときは、話しやすいというか、確かに聖霊の働きが保証してくれていることを感じる。

パウロはテサロニケ人への伝道にそれを覚え、それこそがテサロニケの人たちが、神に選ばれている証拠であると言ったのである。

人間の言葉だけでは、人を悔い改めさせることはできない。
感心させることはできても、人の心をひっくり返すことはできるものではない。
聖霊が、一人一人の魂に及んでいって、御業がなされるのである。

しかしそれも、祈りの備えが、霊的な備えができているかどうかによってであることを忘れてはならない。
大事なことは、教会が霊的な備えをして待つということである。

God Bless You!!


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