2021年5月15日(土)の手紙

2021年5月15日(土)


『天と地と海と、その中のすべてのものとの造りぬしなる主よ。』使徒行伝4章24節


初代の教会はこの世の権力に対抗する何物も持っていなかった。
しかし一つの大きな確信を持っていた。

イエスが「からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。
むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい」と言われたからである。

ペテロは、この世の権力は持っていなかった。
しかし自分の魂をほんとうに揺さぶり、確かなものにしてくださるおかたの力を持っていた。
だから「この人による以外に救はない」と言いきったのである。

2、3年前までガリラヤ湖で漁をしていた男が、学者やこの世の権力者を前にして、堂々と「あなたがたは知らないが、このおかた以外に私たちを救うかたはいない」と言い、それが人々の心を打った。
それはペテロが知識を持っていたのではなく、彼がイエスに救われ、そこに遣わされていたからである。

24節からは、ペテロたちが帰ってきたとき、一同の者が祈った祈りを記録している。
私はこの祈りをすばらしいと思う。

「天と地と海と、その中のすべてのものとの造りぬしなる主よ」。
これは「ほんとうに、あなたが造られないものは一つもありません。
私たちを苦しめ、留置場に投げ込んだり、おどしている彼らもあなたが造られたものです」という告白である。

悪が神によって造られたものであることを信じないと、悪に対して恐れを持つ。
しかし、どんなに私たちを苦しめたり、痛めたり、私たちに向かってくる力があったとしても、それが神によって造られたものであるなら、安心することができる。

神の支配がそこにも及んでいるからである。

「僕たちに、思い切って大胆に御言葉を語らせてください」と彼らは祈った。
私たちはこんなとき、ともすると、主よ、いま彼らの脅迫に目を留め、その脅迫から私たちを守ってくださいと祈りやすい。

どうぞこういう災いが私のところに来ませんように、無事に信仰生活が送れるようにしてくださいという、逃げ腰の消極的な祈りをしやすい。

しかし弟子たちは「思い切って大胆に御言葉を語らせてください」と祈った。
そして祈り終えると、その集まっていた場所が揺れ動き、一同は聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語りだしたのである。

祈りが聞かれるとき、それは祈りが神の御旨、御心と一致したときに起こる。
祈りは神の御心と一致したときに聞かれ、その場が揺れ動くような答えをいただくものである。

気慰めのような祈りをしたり、他人に聞かせて感心させるように祈ったりすることは愚かである。
私たちの祈りが神の御旨に一致するとき、神は天地を造られたあの力で応答してくださる。
そのときはじめて私たちは、どんな権力、どんな脅迫に対してもびくともしない証し人とされるのである。

God Bless You!!


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