2021年12月12日(日)の手紙

2021年12月12日(日)


『まして、キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たらの良心をきよめて死んだ行いから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。』ヘブル人への手紙9章14節


キリストが十字架で血を流されたとき、それは、私たちの贖いでした。
その死はいわゆる殉教の死ではなく、人類の救いのためでした。
それは、神の御子であられるキリストご自身が流された贖いの血でした。

キリストが最後の晩餐で言われた、「この杯は、あなたがたのために流されるわたしの血による新しい契約です」とは、新しい契約の血潮のことでした。

このキリストの血によって、第一に、永遠の贖いが成就しました。
「ご自分の血によって、ただ一度、まことの聖所にはいり、永遠の贖いを成し遂げられたのです」。

旧約においては、やぎや子牛の血を流して人々の罪を赦し、贖いをしていましたが、それは幾度もささげられるものであり、また、十分に人々を罪より救うことはできませんでした。

しかし、キリストが十字架で死なれたとき、完全な贖いが永遠に成就したのです。

キリストはただ一度十字架につかれました。
しかし、それで十分でした。
それは、神の子、ご自身の血潮であったからです。

第二に、ご自身を、とこしえの御霊によってささげられました。
「キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は……」。

キリストご自身が、とこしえの御霊によってささげられた血であると聖書は言っています。
二千年前に十字架で流された血潮が現代もなお能力をもち、人々を罪よりきよめるのは、それが、とこしえの御霊によってささげられたからです。

永遠より水遠に存在される三位の神のおひとりである聖霊は、今も働いておられます。
そのために、イエス・キリストの十字架の血は、良心をきよめ、死んだ行い、すなわち罪から離れさせ、神に仕える者、としてくださるのです。

第三に、永遠の資産を受けることができます。
「キリストは新しい契約の仲介者です。それは、……召された者たちが永遠の資産の約束を受けることができるためなのです」。

永遠の資産とは、永遠のいのちであり、神とともにある御国の栄光をいっています。
私たちは、このキリストの血によって、今や永遠の資産、神の祝福を受け継ぐことができるのです。

キリストの血こそ、新しい契約であり、永遠の贖いです。

御霊によってささげられたキリストの御血は今も働いて、私たちを完成に至らせてくださる。
ただ聖名をほめるばかりです。

自分の醜さを見ることをやめて、キリストの御血に憩う者でありたいものです。
そこに、真の平安と喜びがあります。

God Bless You!!


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