2021年11月17日(水)
『ことばに表わせないほどの賜物のゆえに、神に感謝します。』コリント人への手紙第二9章15節
キリストを、ことばに表せないほどの神の賜物として、たたえる神学を保ち続けなさい。
誰かが罪を軽いものにし、堕落を目減りさせ、来たるべき罰を軽んじ始めたなら、そのような人に、もはや説教させてはいけません。
ある人たちは福音を間引きして、とことんまで価値のないものにしています。
聖なる主を、めでたくはあっても、取るに足らない存在のようなものに変えています。
救いを、単なる救いの可能性に引き下げています。
確かなことを、あるかもしれないことに変えています。
真理を、ただの見解に変えています。
説教者が福音を徐々に矮小化し、イナゴのえさにもならないほど無価値なものに変えているなら、背を向けなさい。
キリストこそ、すべてです。
ことばに表せないほどの神の賜物です。
私たちはとうてい主に感謝し尽くせないでしょう。
救いのみに関してさえ、ふさわしい感謝を主にささげた人がいるでしょうか。
イエスが私たちの救いなら、それをどんなときに感謝すべきでしょうか。
もちろん、目ざめる朝ごとにです。
どれくらい感謝し続けるべきでしょうか。
再び眠りにつくまでです。
日の出から日没まで、主の御名はほめたたえられるべきです。
眠りが意識をこころよい忘却のかなたに運ぶまで、神をほめたたえましょう。
まどろみの夢の中でも主に向かって賛美し続けることは、さらに心地よいものです。
感謝に満ちた心の琴線が、思考という手にかき鳴らされるのを終えた後も、うち震えているようなものです。私たちの気まぐれな夢の幻さえも、愛する主に向かって移ろい歩き、聖なる場所から迷い出さないなら、さいわいです。
私たちの夜みる夢にさえイエスを賛美させましょう。
ああ、いつまでも果てしなく主をほめたたえ続けるほどにまでなれたら!
できるなら重ねて賛美をささげようではありませんか。
今日、共に誓いましょう。
神の恵みに支えられ、いのちあるかぎり、ことばに表せないほどの賜物のゆえに神をほめたたえることを。
この聖なる務めを終えることは決してないでしょう。
主の救いを知る人すべてよ、この務めに加わってください!
御使いたちよ、私たちに力を与えてください!
来たるべき世代の人すべてよ、この務めに加わってください!
輝く星のすべてよ、私たちと共に神をほめたたえよ!
それでもなお、このことはことばに表し尽くせません。
ああ聖霊よ、私たちの心の碑に、この感謝の思いを刻みつけてください。
主イエス様。
あなたはことばに表せないほどの御父からの賜物です。
あなたはどんな想像をも超えた偉大なお方です。
あなたがほめたたえられますように。
アーメン
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