2020年5月7日(木)の手紙

2020年5月7日(木)


『見ないで信じる人たちは幸いです。』ヨハネの福音書20章29節


人の心は驚くほど似ています。
アメリカやイギリス、スイス、ドイツ、オランダの人々と話していると、しばしば感じるのですが、私たちには同じ必要があり、また同じ無知を抱えています。

つまり、私たちがイエス・キリストの内にいるなら、どのような人間になれるかがわかっていないのです。
それは、私たちが聖書を神のことばとして、人間の知恵よりもはるかに賢明な神の愚かしさと、すべての理解を超えた神の愛とを私たちに教えてくれるみことばとして、単純な子どものように受け入れさえすればわかることです。

聖書を読むとき、私たちは決して人間の知恵や自分自身の理性の基準を手引きとして用いてはなりません。

私はかつて、レーダーに誘導されている船の乗客になったことがあります。
霧が深くて周囲の水さえ見えないほどでしたが、レーダーの画面は、はるか前方にいる別の船の存在を、一筋の光で示していました。

レーダーは霧を貫き、その船の姿をとらえていたのです。
だから信仰もまた、雲を貫いて現実を見るレーダーなのです。

キリストの勝利が現実であることは、私たちのレーダーである信仰によってしか見えません。
私たちの信仰は、実際の現実であるものを感知します。
私たちの五感が感知できるものは三次元に限られ、自分の知性で理解できるものだけです。

信仰は、それ以上のものを見るのです。

コーリー・テン・ブーム


見ることによって導かれるのではなく、信仰によって導かれるのだということを、常に心に留めていなければならない。

エドワード・デネット


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