2019年7月2日(火)の手紙

2019年7月2日(火)


『ですから、彼らと同じようにしてはいけません。あなたがたの父は、あなたがたが求める前から、あなたがたに必要なものを知っておられるのです。』マタイの福音書6章8節


神の子であることには無限の、そして、喜ばしい特権があります。

放蕩息子のたとえに登場する父は、「急いで一番良い衣を持って来て、この子に着せなさい。
手に指輪をはめ、足に履き物をはかせなさい」と言いました。

いずれ私は救い主の義の服に包まれ、靴は鉄と青銅で作られることになります。
そして頭上には、朽ちることのない金の冠が輝くことになるのです。

子であるというそれだけの理由によって、神は私を豊かに養ってくださいます。
パンは備えられ、水も確保されるのです。
鳥さえも養ってくださる神が、その子たちを飢えたままになさることはありません。

有能な農夫でさえ庭には雌鶏、羊、家畜を飼っているとすれば、神が神の子たちを飢え死にさせることなど考えられないことです。
もし父なる神が野の草を美しく装ってくださるのであれば、あなたを裸のままにしておかれることなど決してありません。

神がそうなさると思いますか。
もし神が、蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めもしない野の鳥を養っておられるのに、同じ神が私を飢えたままになさるなどと、あなたは考えますか。

そのようなことを神が許すはずはありません。
私の神は、私が求める前に必要なものを十分に知っておられるのです。
神は私に必要なものをすべて与えてくださいます。

もし私が神の子であるなら、今日も神の心の内に住まわせていただいているのです。
そして、後になれば、私は天にある財産をいただくことになります。

「御霊ご自身が、私たちの霊とともに、私たちが神の子どもであることを証ししてくださいます。
子どもであるなら、相続人でもあります。
私たちはキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているのですから、神の相続人であり、キリストとともに共同相続人なのです」と使徒パウロが言うように、私たちは神の相続人であり、主キリストと共同相続人です。

すべてのものは私たちのものであり、神の賜物であり、救い主の血によって買い取られたものなのです。
この世界は私たちのもの、来るべき世界もそうです。
地は私たちの仮の住まい、天こそ私たちの永遠の家なのです。

God Bless You!!


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