2019年7月11日(木)の手紙

2019年7月11日(木)


『イエスはすぐに手を伸ばし、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか。」』マタイの福音書14章31節


キリスト者の歩みは信仰によって歩むことであると記されています。
しかし、信仰をもつということ、これは多くの人にとってほとんど起こり得ない奇跡と言っていいほどのことなのです。

ペテロが水の上を歩いたように、水の上を歩こうとすること、これは、キリスト者の歩みの特色をよく示しています。
それは雲に向かって掛けられている見えない階段を登るようなものだからです。

そのとき、あなたはその階段を実際に見ることはできません。
しかし、光に向かって登り続けることはできるのです。
下を見下ろすと、そこは真っ暗であり、眼前には雲以外何もありません。

しかし、何年もの間、多くの人がこの永遠の階段を先も見えない状態で登り続けています。
しばしば休憩し、そして、次はどうなるのか、次はどうなるのかと間うのです。

心に思い浮かんだことは、雲が堅い岩のようであったということです。
暗黒が道しるべであり、そこは滑りやすいところであったにもかかわらず安全でした。

暗黒がそう感じられるほどさらに暗黒になったとき、また、過去が消え、自分が立っている階段以外何も見えなくなったとき、「どのようにしてここに到達できたのか。
なんと不思議な、謎めいた歩みを自分は歩んだことか」と思わず口にしたことでしょう。

そのようなときこそ、信仰が人生の歩みの助けとなり、さらに確かな信仰を告白することになるのです。
信じつつ、見えないものを見、永遠なるものをとらえるのです。
そして、過ぎ去った今、止まることなく、喜びをもって輝かしい道を走り続けることができるのです。

おそらくこのようなとき、あなたは暗い谷に入り込んでいるのではないかと感じるかもしれません。
大きな損失を受け、心は沈み、落ち込んでしまいます。
ペテロのように、あなたの魂は波の中に沈んでしまいそうになります。

しかし、主はあなたを救うために手を差し伸べてくださいます。
天の父なる神の御手が近くにある間は、あなたが沈むことはありません。

God Bless You!!


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