2019年4月28日(日)の手紙

2019年4月28日(日)


『時宜にかなって語られることばは、銀の彫り物にはめられた金のりんご。』箴言25章11節


私はますます、自分一人だけになってしまっているように思えてなりません。
というのは、多くの友人たちが私から離れてしまっているからです。
私の兄弟たち、仲間たち、友人たちがより良いところを探し求めて私のところから立ち去ろうとしているのです。

平和なときには、彼らと素晴らしい、幸いな交わりを楽しむことができました。
主のための戦いのときには互いに重荷を分け合ったのです。

しかし、今はそれが跡形もなくなりつつあります。

一人去り、そして、また一人が去りました。
周りを見渡すと、さらにもう一人の人が立ち去ろうとしています。
しばらくの間見かけても、彼らは私の視界からたちまち消え去って行きます。

主イエス・キリストのように天に昇って行こうとしているのではありません。
しかし、いずれ彼らは天に移り住むものと私は信じています。
地上に存在するのはこの貧しい肉体でしかありません。
しかもほんのわずかの間この地上に存在するだけです。

しかし、彼らはよみがえり、永遠に主とともに憩うことになります。
ところが、地上に残されている私たちは常に苦悩と悲しみの中を歩まなければなりません。

この苦悩と悲しみが深まると、なぜ主の兵士たちは弱くなってしまうのでしょうか。
なぜ彼らの内にある最も良いものまでもが奪われてしまうのでしょうか。
私は残念でなりません。

新たに作られたいくつかの墓地を見渡したとき、私はかえってあふれる涙の中で自分の思いを最もよく表現することができました。
しかし、私は自分を抑え、より明るい光の中でそれを見ることにします。

主は食べるのに最も適した、熟した果実を集めておられます。
主だけがそれらを収穫するのにふさわしい方です。

主は銀細工の枠の中にご自身の金のりんごを置こうとしておられます。
この金のりんごこそ実はあなたなのです。

主とともにいることを願ってくださったのが、主ご自身であったことを理解できれば、私たちの涙は乾き、喜びはいやが上にも大きくされます。
もはや戸惑う必要はありません。

というのは、最も親しい方、最も素晴らしい方がこの地上に戻って来られる理由を私たちは知らされているからです。

父よ、私はあなたの住まう場所を憧れ、
それをこの目でしっかりと見たいと
切に願っています。
この地上の住まいを去り、
あなたの御座へと逃れ、
そこに登りたいのです。
わが主よ。

God Bless You!!


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