2019年4月23日(火)の手紙

2019年4月23日(火)


『知恵の道は楽しい道。その通り道はみな平安である。』箴言3章17節


目に見える喜びの度合が最も低いあなた、難破船のように破壊されてしまったあなた、ひどい痛みの中にいるあなた、貧しさの中にいるあなた、そのようなあなたが、自分が信じている神に親しく語りかけることなどできるでしょうか。

そのうえ「見よ。神が私を殺しても、私は神を待ち望み、なおも私の道を神の御前に主張しよう」と言えますか。

最悪の場合であっても、私たちキリスト者は、最も良い状態の世界にいる人たちよりずっと幸いなのです。
信仰をもった者の貧しさは、不信心な人が豊かである状態よりもずっと豊かなのです。
私たちキリスト者が病の中にいるのは、罪人が健康であるよりもはるかに良いのではありませんか。
私たち信仰者が落胆しているのは、地上で最高の名誉を受けるよりもずっと幸いな状態なのです。

罪の歓楽に耽るよりも、死の苦しみと同じほどの痛みに苦しむほうがはるかに勝るとは考えられませんか。
私たちは神の力をあまりに低く見積もっています。
あなたはそのような世の人からはまがいものと思われるものから、複利の利子の伴う豊かな世界を手に入れることができるのです。

神の民は賛美をささげます。
彼らは太陽の子であり、朝楽しそうにさえずる鳥であり、陽の光の中で美しく咲く花のような者たちです。

箴言に「知恵の道は楽しい道。その通り道はみな平安である」と言われています。
神の知恵に従うとき、私たちは平安を約束されるのです。

私たちは決して終わることのない、完全に調和した、天へと導いてくれる音楽を聴いています。
闇が闇の上に重なり、心が悩みに押し潰されるとき、その柔らかで妙なる音の調べが私たちとともにあるのです。

私たちは悲しみの中にあっても、常に喜ぶことができます。
この逆説がわかりますか。
私たちはずっと以前から、このことを知らされていたのではなかったでしょうか。

God Bless You!!


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