2019年12月31日(火)の手紙

2019年12月31日(火)


『そよ風が吹き始め、影が逃げ去るまでに、私は没葉の山、乳香の丘に行こう。』雅歌4章6節


皮膚から骨が浮き出るほど病の床に長く伏せった人たちにとって、天国はどのような場所になるのでしょうか。
私は苦しむ聖徒たちの傍らに立ち、その痛みをともに悲しみ、嘆いたことがあります。

養護施設や病院から新しいエルサレムの都へと、何という途方もない変化でしょうか。
激しい苦痛からこの上ない喜びへと、何という変容でしょうか!

病の床からいのちの冠を戴く座へと、竪琴のあるところへと、またなつめ椰子の枝を持つ者へと、さらには権威ある王へと、これらの栄光ある移動と変化を遂げた神の選びの民の跡をたどり、彼らに従い、進み続けなさい。

疲れきったこの体、荒れ果てたこのあばら家から魂が離脱し、天に移されるときはこの世には見いだせない無上の喜びと満足が与えられます。

使徒パウロは「たとえ私たちの地上の住まいである幕屋が壊れても、私たちには天に、神が下さる建物、人の手によらない永遠の住まいがあることを、私たちは知っています。

…確かにこの幕屋のうちにいる間、私たちは重荷を負ってうめいています。
それは、この幕屋を脱ぎたいからではありません。
死ぬはずのものが、いのちによって呑み込まれるために、天からの住まいを上に着たいからです。
…私たちは心強いのですが、むしろ肉体を離れて、主のみもとに住むほうがよいと思っています」と言います。

これは私たちキリスト者の希望なのです。

神がこの世にあって私とともにおられるのであれば、私を生かし続けてください。
神が死の時、私とともにおられるのであれば、私の命を奪ってくださっても構いません。
私が「永遠に神とともにいる」かぎり、何の問題もないのです。

神が聖定なさることは私にとってはすべてが喜びです。
生きている時も死の時も、神が定めるどんなことにも私は嫌悪を感じることはありません。

あなたが主キリスト、主のあわれみ、永遠の命を選んでいるのであれば、そして、これらが信仰によってあなたのものとなっているなら、これらを心ゆくまで楽しみなさい。

天における賛美の予行演習を怠らないでください。
神との交わりの喜びを十分に味わってください。
そして、世を征服した勝利を喜びなさい。
これこそ、私たちの信仰のあり方です。

あなたと私は間もなく栄光の地に到着します。
しかし、ある人たちは、私たちが考えるよりはるかに早くそこに入ることになるかもしれません。

この瞑想が終わるとき、私は自分の弱さを十分自覚しつつ、みなさんに「そよ風が吹き始め、影が逃げ去るまで」心からのお別れを申し上げなければなりません。

それではお元気で、さようなら。

God Bless You!!


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