2019年12月15日(日)の手紙

2019年12月15日(日)


『私たちは、自分が死からいのちに移ったことを知っています。兄弟を愛しているからです。愛さない者は死のうちにとどまっています。』ヨハネの手紙第一3章14節


人生は、私たちの目の前を通り過ぎて行くパレードの光景によく似ています。
パレードが近づいて来ると、人々の騒ぎが聞こえてきます。

やがて前に現れ、通りには人がいっぱいになります。
そして、パレードは終わり、人影は消え、跡形もなくなります。
人生をそのようなものとは思いませんか。

パレードに参加していた多くの人を私はよく覚えています。
私もまたその行列に参加していたにもかかわらず、まるで窓辺に立って眺めていたかのような感じでした。

私は自分の少年時代の元気な人たちのことを思い出します。
彼らが祈るのをよく耳にしました。
しかし、今は彼らはパレードの中で声を高くして賛美をささげています。

私は、自分の前を通り過ぎて行った聖徒たちの長いパレードを思い起こしています。
彼らは栄光の御国へと入って行ったのです。

見えない世界に私は何と多くの友人を持っていることでしょうか。
彼らは天国の多くの人たちの仲間になったのです。

年月が進むにつれ、彼らの仲間の数が増え続け、多くなります。
なぜなら、天上の友人たちが地上の友人たちより数において遥かに勝るようになるからです。

あなたがたの中にも、パレードの中の一員として通り過ぎて行った親しい人たちを、懐かしく思い起こせる人がいるはずです。
しかし、あなたもそのパレードに参加していたことを忘れないでください。

彼らはあなたの前を通り過ぎて行ったかもしれません。
しかし、実はあなたも彼らと一緒に通り過ぎていたのです。

間もなくパレードが目的地に着きます。

私たちはみな行列を作って歩んでいます。
そして、本籍地としての天国を目指してこの地上を立ち去ろうとしているのです。

どんな人も、幸いなことが起こることを期待します。
私たちはこの世の住民ではありません。
すでに新しいエルサレムの市民なのです。

しばらくの間難破船に乗って海上を漂流しているだけなのです。
帰るべき港から遠く離れてしまっていますが、ついには、真実の富が蓄えられている地へと私たちを運んでくれる船が波頭を蹴ってやって来ます。

真の命、真の光、真の愛、それらすべてが主イエスに与えられている名称であり、主以外この名称を受けるにふさわしい方はおられません。
主はそのような方として私たちの前を通り過ぎて行かれました。

そして、主イエスはご自分を愛する者のために場所を用意してくださいました。
そこに行かれた先駆者こそが主イエスであられます。
主は私たちをそのところに必ず導いてくださいます。

God Bless You!!


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