2019年10月26日(土)の手紙

2019年10月26日(土)


『しかし、私たちの救い主である神のいつくしみと人に対する愛が現れたとき、』テトスへの手紙3章4節


救い主と、救い主が愛する人たちとの豊かな交わりを想像することは心躍るひと時です。
神の霊によって幸福という肥沃な野に導かれることほど楽しく喜ばしいことはありません。

あなたに対してなされた贖い主の愛の業を心静かに思い起こしてください。
数えきれないほどの愛の業があなたの心に思い浮かび、それらの一つ一つの業があなたの心をしっかりと神に結びつけてくれます。

新しくされたあなたの魂が主イエスにしっかりと結びつけられるために、思考力と感情とが堅くより合わされるのです。

この驚くべき愛の業を瞑想し、また、栄光に満ちた救い主がご自身の教会にその豊かな富のすべてを与えてくださったことを考えると、私の魂は喜びのあまり気絶してしまうほどです。

そうは思いませんか。

この愛の重さにだれが耐えることができるでしょうか。
聖霊が与えてくださる部分的な判断力でさえも、私たちがもつことのできる判断力よりも、時にはるかに優れたものとなります。
それを完全に体験できるとは何という喜びでしょうか。

私たちの魂がどのようにすれば主の賜物のすべてを見分けることができるかを理解し、そして、それらを正しく評価する知恵と、またそれらを深く瞑想することができれば、私たちは主イエスとの親しい、そして、豊かな交わりが与えられるのです。

だれがこの交わりの楽しさ、奥深さを想像できるでしょうか。
それは「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、人の心に思い浮かんだことがないものを、神は、神を愛する者たちに備えてくださった」からにほかなりません。

ヨセフの穀倉の扉が打ち破られ、神が私たちのために蓄えてくださった賜物を目にできるとは何と素晴らしいことでしょうか!

私たちは圧倒的な主の愛に満たされるのです。

私たちは信仰によって、神の無限の宝を鏡にぼんやり映っているかのように見ています。
しかし、私たちが自分の目で天上のものを実際に見れば、主なる神との交わりの喜びがどんなに深められることでしょうか。

そのとき私たちの魂は完全に清められ、主をはっきりと目の前に見ることになるのです。
そのときまで、私たちの魂の奥底からほとばしり出る熱烈な歌が、恩恵を豊かに対与えてくださる主イエス・キリストを、そして、愛してやまない主イエス・キリストをほめたたえるために蓄え置かれるのです。

God Bless You!!


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